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受診を終えた私は、救命センターを出て二階の庶務課に戻ることにした。
救急車のサイレンも聞こえない。
私が診察室に向かうまでは煌々と灯されていたエントランスホールの明かりも落とされている。学校関係者は皆、帰宅したのだろう。
昼間の混雑が嘘のようだ。
救命センターから庶務課に向かうには、中央階段が最短ルートだ。階段を上っていると、いつのまにかすぐ隣をクロネコが歩いていた。
「お前も残業か?」
思わずクロネコに声をかけてしまったが、全く可愛くないことに、こちらに顔を向けることもなく、庶務課に向かって薄暗い廊下を先に行ってしまった。
性格悪いやつだな。
暗いところを歩くのが心細いだろうから、一緒に行ってあげようとか、そう言う優しさはないのか、クロネコよ。
冷たい奴だ。やはりササミなんて高級なものを買ってやる必要はないなと思いながら廊下の角を曲がると、一角だけ妙に明るい。庶務課のドアが開いたままになっていて、明かりが漏れていた。
「おつかれさまです~」
そっと中を覗き込むと、桐生さんがいた。どうやら残っているのは桐生さんだけのようだ。今夜の事務宿直は医事課だから当然かもしれないが、ちょっとさみしい。
「友利さん」
私の顔を見るなり、桐生さんは立ち上がり、こちらまでやってきて、深々と頭を下げてきた。
「え……なんだよ。どうした」
「申し訳ありませんでした」
なんだ、なんだ。
全く心当たりがない。
「俺、桐生さんに謝られるようなこと、したか? じゃねえか、えっと。桐生さん、謝らないようなこと、したっけ?」
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