ひび割れそうになる日常

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 画面と桐生さんを見比べると、桐生さんは立ったままマウスを操作していくつかのウィンドウを開いた。 「はい。高校の事故について、思うところがありまして……調べてみました。やはり、最近ニュースで話題になっている化学メーカーの不正事件、ごぞんじですか」 「俺がそんなまじめなニュース見てるわけ……」  と言いかけて気づいた。  いや、知っている。  先日、待合ロビーのテレビで見かけた。 「折上化学だっけ。有名な会社だよな」 「流石、ご存じでしたか」  流石も何も、桐生さんが患者ともめ事を起こしかけたから覚えていただけだ。  もちろんこれは黙っておく。 「経年劣化に関わる実験を十分に行っていなかったために生じる脆弱性が問題となっています」 「新聞の文面そのままみたいな説明だな」  私の頭では理解が追い付かない。  頭をかきながら笑ってごまかす。こうすると、桐生さんは自分の言い方が分かりにくかったと砕いた説明をしてくれるのだ。  こういうところはお人好しでいいと思う。 「保証期間内に壊れるようなもので体育館が作られていた、と言えばわかりやすいでしょうか」 「なにそれ、やべえな」 「ご理解いただけてなによりです」 「んで、その保証期間って、どのくらいなもん?」 「保証期限内と言う表現は例えとして用いました。正確な表現ではありません」 「ちなみに、体育館ってどのくらい前に作られたわけ?」 「体育館は三〇年ほど前に作られました」 「三〇年っていうと、うちと一緒か。偶然か?」 「各自治体が公共事業を競うように行っていた時代ですから」  桐生さんに言われて気が付いた。 「ああ、バブル期か」  あまりにも縁がなさ過ぎて気づかなかったが、言われてみれば確かにそうだ。  道路や公共施設が相次いで建設されたと聞いている。 「ばんばん建物を建ててたってことか。想像もできないな」 「確かに、経済状況が違いますが、需要と供給という観点から考えれば難しくないかもしれません」 「というと?」 「もしもパンデミックが発生し、多くの人が消毒液を求めたらどうなると思いますか? 医療用の、より効果の高いものを求める人が急激に増えたらどうなるでしょうか」 「欲しい人がいれば、値上がりするよな。そりゃ」 「しかし、医療現場をはじめ、値上がりしても絶対に必要な場所は少なくありません。それでも欲しがる人が多ければどうなるでしょうか」 「そりゃ、売り切れになるよな。普通に考えて」 「ですが、必要としている場があり、欲しい人がいる。何が起きると思いますか?」 「偽物、粗悪品を売ろうとするやつが出てくるな」  金になると分かれば、効果が落ちると分かっていて薄めた粗悪品を売る悪人も出てくるだろう。  あるいは、善意で『これは有用だ』と思い込み、実際には効力のないものを扱う人も出てくるかもしれない。  私がそういうと、桐生さんがうなずいた。頭痛がする思いがした。  消毒液が程度の効力を持つか、購入者はラベルを信じて購入する。  効力を実際に検査するのは一般人には難しい。  30年前に一企業の中で起きたことは私にはわからない。  まして、そこに悪意があったかなど。 「つまり、折上化学は、これを建材でやったってことか」 「あくまでも、可能性の話です」
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