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「はい。もともと数が少ないのですから、そこから優秀な医師を集めるとなるとより難しくなります。また不正があったためにイメージも悪い……そのようなところで働きたいと思う医師がどれほどいるでしょうか」
たしかにそうだ。
いくら、先端医療を投入すると言っても、その技術を磨きたい医師や経験を積みたい医師にとって指導医がいなければ意味がない。
指導ができるレベルの医師はどの病院でも引っ張りだこだ。イメージが悪く、べらぼうに忙しくなることがわかっている病院で働こうとは思わないだろう。
「そんな時、白羽の矢が立ったのが――」
「結城俊晴……結城事務局長の誕生ってわけか」
「はい」
机の上のクロネコのヒゲがピンと伸びている。
どこか誇らしげに見えるのは気のせいではないのかも知れない。
「では、このページをご覧ください」
桐生さんはページをめくり、工事をしてる重機が写っている写真を指さした。
重機を操作する人の真剣な表情までわかる、アップの写真だ。
「工事の写真だな」
これがどうした?
首をかしげると、桐生さんの指が重機の側面をトントンと叩いた。
そこには、折り鶴のマークがあった。
「折り鶴……?」
どこかで見た覚えがある。
「あ。おりがみ……折上化学。折上化学のマークもこれだ」
記者会見で頭を下げた重役の胸に、同じマークのピンがあった。
「同じなんです。工事を請け負った建築会社と、建材を提供したメーカーは、グループ会社なんです」
桐生さんはさらにページをめくり、請負業者の一覧を指さす。
「何だこれ……折上建設、折上化学、折上興業、折上信用金庫……」
名前を見れば一目瞭然だった。
2ページにわたって並んだ企業名のなかで、そこだけが異質だった。
「すげえ。ここまであからさまにやってたのかよ。すがすがしいほどの癒着ぶりだな」
「第二次世界大戦のころから、国の仕事を引き受けてきた企業のようですから。歴史があります」
どうやら企業の歴史まで調べたらしい。
桐生さんの生真面目さは隙がない。
「こりゃ、行政も被害者面はできねえな」
工事を請け負った建設会社、検査の不正を働いたメーカー、そして行政。
誰が医療費を払うのか。
学校内の事故だから学校保険か、不正を働いた企業か、汚職に手を染めた行政か。
更に、他にも問題がある。
事の始まりが30年前ということだ。
当時の責任者は引退している。
それどころか他界していてもおかしくない。
「下っ端の俺らがどうこうできる話じゃないのは分かってるんだけどさ。桐生さんはどう思うよ。医療費はだれが払うと思う?」
「企業が単独で負担するのは現実的ではありません。最終的には企業と行政がそれぞれ負担することになるかと」
「でも行政負担となると、また税金を使うのかって批判が来るんじゃねえの?」
「それで企業負担が重くなれば、企業は労働者を養えなくなります」
脳裏をよぎったのは相談員の若王子さんだ。
医療費が払えない患者のために奔走することも多い若王子さんから、生活保護の患者の悩みを聞かされることも多い。
金持ちにも、リストラされて収入が途絶えた人のもとにも、病は平等に降りかかる。
「決着がつくまで医療費が支払われないってことか」
「はい」
「まてまてまて。これ、民間の医療機関も気づくよな。この問題に」
「あるいは、もう気づいているかもしれません」
腹の奥が一気に冷たくなるようだ。
今回は一度に多くの患者がいたため、複数の医療機関で対応している。
だが、医療費がいつ支払われるか分からない状況では、今後、どこも受け入れたがらない。
何故なら、決着がつくまで、報酬を得られないからだ。
医療は、サービス業だ。
ボランティアではない。
「となると、当然、民間の医療機関は受け入れを拒否するよな……」
「医療設備は維持費が高いですから、いつ、収入が得られるかわからない仕事を受ける余裕はないでしょうね」
「ってことは……まさか」
「全て当院で請け負うことになりますね」
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