ひび割れそうになる日常

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「本気ででやばくねえか、豆腐建材すぎるだろ」 「大豆タンパクが利用されているかどうかは不明ですが、ひとまず、ひび割れを確認しに行きませんか?」 「ヤワさの表現だよ、豆腐って。オーケー行こうぜ」  机から飛び降りたクロネコが先行する。  私たちは足早に現場に向かった。  暗く静まり返った廊下では、非常灯の明かりだけが頼りだ。  重い金属の扉を押して、北階段に入る。  人の熱を感知して、自動で明かりが灯った。 「結城……事務局長……」  二階と一階の間の踊り場に、人が立っていた。  その足元には影がない。実際にはそこに存在していないものだと言われているようで背筋が冷える。  ロマンスグレーの品のいい紳士は、私たちを見ると険しい顔のままで壁に視線を移した。  桐生さんが階段を降りていく。  私もそれに習う。  事務局長の隣に並んで立つ。  壁に塗られている塗料がひび割れて、めくれているのは、私が見た時のままだ。 「猫?」  突然、桐生さんが声をあげた。  クロネコが私たちの足元をぐるりと回っている。 「桐生さん、このクロネコ見るの初めてだっけ?」 「なんですか、この猫は。病院ですよ。動物は立ち入り禁止です」 「いや、そいつも幽霊だから、多分」  クロネコはピョンと階段の中央にある手すりの上に飛び乗り、そのまま上がっていく。 「おいおい、今度はなんだってんだ」  結城事務局長だとビビるけど、クロネコなら慣れたもんだ。  率先して登っていく。クロネコが中途半端なところで止まり、やはり、問題の箇所に顔を向けている。  後から上がってきた桐生さんと二人、クロネコから示された角度からそのひび割れてを見て息を飲んだ。  塗料の下で亀裂が長く続いていた。めくれている塗装部分をそっと開き、さらに覗き込むが亀裂の終わりは見えなかった。ここから下に向けて少なくとも五〇センチ以上続いている。 「桐生さん……これって……すげえまずいと思うの俺だけか」 「いえ。わたしも非常に危険だと思います。そして、当院であの高校のような倒壊が起きた場合……確実に死者が出ます。このすぐ上は重症患者が中心です。そのさらに上は周産期センターがあります」 「周産期センターって、つまり、超低体重の子供がいる、NICUじゃねえか。んなもん、受け入れられるところは限られてんだろ。うちの県の不足率、下から何番目だと思ってんだ。入院患者、千を超えるんだぞ。どうしろってんだよ」  健康な高校生たちですらパニックを起こして怪我人が続出した。  私ですら、ここで同じことが起きたら冷静に行動できるか分からない。  入院患者をどうすれば守ることができるのか、考えれば考えるほど、切望的な気持ちになる。 「どうする、桐生さん」  桐生さんなら、何か言い手を考えているはずだ。
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