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桐生さんは、私と違って非常に優秀だから、こんなことを言い出した時点で、既に手を打っている可能性だってある。
「現状では、どうしようもできません」
しかし、思いもよらない返事が返ってきた。
「強いてできることがあるとすれば、このひび割れを施設課に報告するだけです」
「それだけじゃまずいだろ。だって、今地震が起きたらどうなる? 俺たちが患者をおぶって連れ出すわけにはいかねえし」
「その通りですが、どうしようもありません」
「いや、それじゃダメだろ。だって、人が死ぬんだぞ。何かしねえと……」
今できることは何か。
こうしている瞬間にも、建物が崩れる可能性がある以上、悠長にしていられない。
「どうするよ、こんな時間だし、転院先とか――」
「黙ってください!」
いきなり、桐生さんが声を張った。
怒鳴るのでもなく、大声を上げるのでもない。
ただ、強い感情が乗った声に圧倒された。
「いいですか。わたし達は、ただの事務員です。友利さんのお言葉を借りるなら、下っ端の、なんの力もない、事務員です。そんなわたしに何ができるというのですかっ!」
桐生さんが感情を丸出しにするのを、初めて見た。
この人にも、喜怒哀楽があったのかと、頭の片隅で全く関係のないことを考えながら「ごめん」と謝った。
「ほんとごめん。別に桐生さんを責めてたわけじゃねえよ。でも入院患者のことは現実問題として考えねえとだろ」
「分かっています。しかし、わたしに問われても、どうすればいいのか分かりませんし、たとえ考え付いたとしても、実行する力もありません。まして、医師でもないわたしに、患者の命にかかわる転院について口をはさむ権利があると思うのですか?」
雰囲気イケメンに睨まれると、こんなに怖いんだと初めて知った。
桐生さんは普段から無表情だ。
しかし今は、そこにどす黒い怒りが乗っている。
もともと鋭い奥二重の瞳でにらまれると、わたしは何も言えなくなってしまった。
桐生さんが怒るのも当然だ。
私は何も考えずに桐生さんに頼ってしまった。
桐生さんは優秀だ。
でも、私と同じただの人間だ。
なんでも知ってるわけじゃないし、できるわけじゃない。
「ごめん」
「友利さん。わたしの不適切な言動をお許しください。今のは八つ当たりです」
「怒ってたわけじゃねえの?」
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