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「当院は、事故が起きた学校の体育館と同じ建材を使っている可能性があります。この建物が崩れるかもしれません」
絹井先生の表情が、穏やかなものから険しいものに変わっていく。
「どういうこと?」
私より先に、桐生さんが口を開いた。
確かに細かい説明は桐生さんが適任だ。
「北階段および、その付近でひび割れを確認しました。本来なら、これは救命の医長である絹井先生にご相談する話ではありません。ですが、絹井先生は30年前の……立ち上げ時の様子をご存知ですよね」
絹井先生は何か考えるように視線を落としてから、細く長い溜息をついた。
「そうね。私に言われてもどうしようもないことだわ。私は人の怪我を治すのが専門で、建物のことはさっぱりだから」
でも、と続ける。
「でも、貴方たちだってそれを知ってて動いたんでしょ? 何をしてほしいの?」
話が早くて助かる。
切れ者の絹井先生は、専門外と言っても頼りになるのだ。
「下っ端の自分たちが騒いだところで、上の人たちがするに動いてくれるか分かりません」
「でも、救命センター長が『入院患者に何かあったら困る』と言えば違うと思うんですよ」
桐生さんの言葉に続いて、私も訴えた。
「立場を利用して人を動かせって?」
「すみません。俺たちじゃ、ちょっと……と言うかだいぶ荷が重すぎるんで。助けてもらえませんか」
私は素直に頭を下げた。
こんな風に頭を下げるのは、かっこ悪いかもしれない。
それでも人の命がかかってるんだ。
医師や、看護師、たくさんの技師の人たちがつないだ命が、この建物にたくさん入院している。
私たち事務員ができることは大したことがない。
痛みも苦しみも、軽減させることなんてできない。
人々の痛みと苦しみを軽減させるといったのは初代事務局長だが、実際、事務方の人間にできるのは、そのためのサポートくらいだ。
だからせめて、こういうところでくらい、頑張らせてほしい。
人が突然死んでしまうのは、本当に悲しいことだから。
「そのひび割れ。どこにあるの?」
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