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星になった先輩
僕は尋ねた。
「先輩は本当に死ぬんですか?」
先輩は答えた。
「死ぬよ」
一雨毎に空気が入れ替わり、季節は少しずつ冬支度を始める。見頃を過ぎた鮮やかな木々も、一枚一枚葉を落とし、やがて迎える次の芽吹きを待つ。
そんな秋の暮れだ。
先輩は病室の白いベットの上で、赤い毛糸を編んでいる。
僕は本のページをめくり、読んでいる振りをしながら、今日ここに来てからずっと、その様子を見ている。誰に贈るのか、訊く勇気は、僕にはない。
僕と先輩の関係は、ごくありふれたものだ。同じ学校の同じ天文部の先輩と後輩。それだけ。
ただその天文部の部員は僕と先輩の二人だけだった。だから少しだけ、他の生徒たちには知り得ない時間を、たった二人で共有していた。
それだけの関係だ。
「出来た」
先輩が言った。
完成したのはマフラーだった。これからの季節には丁度良い、とても暖かそうな毛糸のマフラー。
一本の糸を紡ぎ紡ぎ、ようやく形になったそれを広げて、先輩は満足げに笑っている。
「よかったですね」
僕は本を閉じて言った。
先輩は「うん」と頷く。そして両手に持ったそれを何度か折りたたむと、どうしてか、僕の方へと寄越した。
「何ですか?」
僕が不思議がると、先輩は「ん」と言って腕を伸す。
「君にあげる。受け取りたまえ」
「何故僕に?」
「他に渡す人がいない」
「友達とか」
「うん、まあ」
「好きな人とかに渡すのかと」
「そんなんいないし。なんだ、嬉しくないのか?先輩からの最初で最後のプレゼントだぞ。手編みのマフラー。男子なら感激ものだろう」
「まあ、はい、そうですね」
僕は先輩の手からそれを受け取って、膝の上に置いた。
「巻いてよ」
先輩が唇をとんがらせて言う。
「今ですか?」
「いーま」
後輩の僕に拒否権を行使することは認められていない。先輩の言うことは絶対だ。まあ、つまり、逆らえば拗ねて面倒なことになるので、僕は仕方なしにそれを首に巻いた。――暑い。
「おお、いいね、なかなか似合う。やっぱり私の見立ては間違ってなかったなあ」
「それは何よりです」
「君、今後はそれを私だと思って、肌身離さずつけておくんだよ」
「はあ。まあ冬の間は有難く使わせてもらいます」
僕がそう言うと、先輩は「ええ、夏も夏もー」などと訳のわからないことを口走る。
先輩は元気だった。学校に通って居た頃と何も変わらない。見た目も、話し方も、表情も。何も変わらない。だから忘れそうになる。
先輩は、あとひと月の命なのだと。
僕にとってその事実はその時点であまりにも現実味が無くて、だから尋ねたのだ。
「先輩は本当に死ぬんですか?」
先輩は普段通りの明るい声をして、「死ぬよ」と言った。
「信じられない?」
「先輩、余りにも普段通りだから」
「そうだね。私も信じられない、あと一か月後にはこの世にいないなんて」
僕は黙った。何を言えばいいのか、わからなかった。
すると先輩が、突然笑い出す。
「お馬鹿め!何も暗い顔をする必要なんてありはしないよ。私はこの世から離れて星になるのだから!」
何を言っているのか、わからなかった。
とうとう気でも触れたのかと、僕が怪訝な顔を向けると、先輩は何故かとても優し気な眼差しで僕を見つめていた。
「だからね、私の姿かたちがここから無くなっても、君は悲しまないで。悲しみの先に私は居ない。そんなところに私は居ないの」
そうやって、先輩はまたにっかりといつもの笑顔を浮かべたのだ。
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