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清姫に無理やり憑依し、体が引き裂かれそうな歪んだ空間を抜けると、上も下もない、ただ暗闇が広がる空間にポトリと音もなく落とされた。
混濁する意識を懸命に繋ぎ止め、重い瞼を持ち上げる。
その瞬間、安珍とおぞましい怪物の姿が目に飛び込んで来て、清咲はハッと大きく息を飲んだ。
「安珍さん!!」
怪物に身を捧げようとする安珍に気付き、大気を震わせる程の声で叫ぶ。
安珍は清咲に気が付くと、ハッと表情を強ばらせた。
「清姫…!?」
「安珍さん!早まったらあかん!」
ダッと駆け出し、必死に真言を捲し立てる。
「オンアミリタ、テイゼイカラウン!!」
そう絶叫すると、体から無数の閃光が放たれ、驚いて立ち尽くす安珍と怪物の間に光の障壁を生み出した。
闇の中で、目がくらむ程の光を発する。
清咲は狼狽える安珍にしがみつくと、必死の思いで叫んだ。
「鬼神と一緒に消えたらあかん!!二人はちゃんと一緒に幸せにならなあかんねん!」
「清咲、殿…?」
キヨヒメの体を奪っている為、清咲の姿は清姫そのものだった。
鮮やかな赤い朱色の着物に、流れるような黒く長い髪。
困惑する安珍に、清咲は言い募った。
「頼むから、あの人の側におってあげて。今度こそ、約束を守ってあげて…__!!」
「あなたは…、知っているのですか…」
清咲はコクリと頷いた。
「キヨヒメの体に憑依した時、彼女の全ての記憶が私の中に一気に流れ込んできたんや…。キヨヒメが感じた喜びも悲しみも、希望も絶望も…。小高や安珍さんを愛した気持ちも、…全部、流れ込んで来た…」
気付けば、いつの間にかポロポロと涙が頬を滑っていた。
グッと震える息を飲み、決意を口にする。
「私は安珍さんや。キヨヒメを愛してる安珍さんの魂の欠片や。やから私は今、どうするべきか、分かる」
「清咲殿…?」
「元に戻ろう。戻って、鬼神を倒そう」
安珍が息を飲む。
清咲は強く、願うように続けた。
「私の魂を安珍さんに戻して。そしたら、鬼神を倒せる。小高を解き放ってあげられる…!」
安珍は、大きくかぶりを振った。
「なりません…!それがどういう事か、わかっているのですか…!?あなたの存在が…、生まれた事実さえ、無くなってしまうのですよ!?」
「分かってる。でも、二人を救うにはこれしか方法がないんや、だから…_!!」
安珍は清咲の肩を掴むと、厳しく言った。
「清咲殿、混同してはなりません。あなたが私の魂の欠片であっても、あなたが背負うべき事ではないのです。あなたは清姫の記憶と心に触れ、混乱しているのです」
「違う、してない…!本当にそう思うから…!二人を救ってあげたいって思うから…!」
それまで厳しい表情をしていた安珍だったが、不意に、ふっと優しく微笑んだ。
「気持ちだけ、ありがたく受け取っておきます。それだけで、十分です」
「でも…!」
清咲がそう叫んだ時、突然、闇の空間がドンッと低い音を立てて振動した。
肝が冷える思いで宙を仰ぐと、周囲の暗闇に稲光のような無数のヒビが走り、その隙間から赤黒い光がこぼれ落ちて来ていた。
パラパラと、黒いフィルムが剥がれ落ちるように、暗闇の欠片が降ってくる。
「あ、安珍さん、これ…!」
狼狽える清咲に、安珍はグッと肩を抱き寄せてくると、低く言った。
「鬼神が、この空間ごと私達を飲み込もうとしているのです。早くここから立ち去らなければ…」
背筋をゾッとさせつつ、少しの希望に縋って清咲は言った。
「じゃ、じゃあ、安珍さんも、一緒に逃げよう…!」
安珍は力なく頭を左右に振った。
「ここで逃げても、この因縁はずっと断ち切れません。それに、真実を知ってしまった清姫は自分を責め、鬼神に容易く誘われて悪道に落ちてしまうでしょう。だから私はここで、鬼神をこの体に取り込み、奴を消滅させます。それしか方法はないのです」
「でも…!!」
「丁度良かった、迎えも来ています」
「え…」
振り返ると、いつの間にか奏多が少し離れた場所で佇んでいた。
三鈷杵を手に、酷く焦った様子でこちらを見ている。
「早松君…!?なんで…」
急いで駆け寄ると、奏多はグッと素早く清咲の手首を掴んだ。
「鬼神の作り出した次元が少しばかり歪んだお陰で、獅子が助けに来てくれた。そして彼等に授けられた三鈷杵の力を借りてここへ来たんだ」
「そうなんや…」
少しだけホッとする清咲に、奏多は一蹴するように厳しく言った。
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