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(リセット、か。まだまだ、どこかでキヨヒメの声が聞こえて来そうやのに。会いたいって、まだまだ、思うのに…)
すっかり思考がキヨヒメに逸れてしまった時、不意に奏多が肩を叩いて来た。
「楠元さん、行かないの?」
「あっ、へ?」
「映画。見に行こう」
「う、うん」
清咲は頬を叩いて気を取り直すと、スタスタと先を歩き出した奏多の後を、慌てて追いかけたのだった。
隣町の駅ビルに付くと、二人は寄り道する事なく真っ直ぐと映画館へ向かった。
男の子と二人で映画を見るのは初めてで、「見たい映画がある」などと言って誘っておきながら、何を見れば良いのか全く分かっていなかった。
この日の為にリサーチしたが、そもそも奏多の好みがわからなかったので選びようがなかったのだ。
「見たいのあった?」
目を皿にして映画のポスターを見ていると、奏多が背後から声をかけてきた。
「ええっとぉ、確かなんか、おもしろそうなタイトルやったんやけど…」
「どんなタイトル?」
「えーっとぉ、ほにゃららの、ほにゃららら、みたいな?」
「すまない、全く分からない」
「ですよね…」
「あっ」
何かを見付けてぴくりと反応する奏多に、「ん?」と彼の視線の先を追う。
その先には、今話題のホラー映画のポスターが、支柱に備え付けられた液晶の画面に大きく映し出されていた。
ギクリとしつつ、尋ねる。
「早松君、ホラー好きなん?」
「ああ、結構好きだな」
「て、寺の息子やのに?」
「それ関係あるのか?」
「いや、お経唱えたくなるんちゃうかなぁって…」
「それはないな」
清咲は、よし、と腹を括ると、奏多に言った。
「早松君、これ見ようよ。私も見たい映画忘れたし」
「楠元さん、ホラー好きだった?苦手だと思ってたけど」
「全然!寧ろ好きな方やで!爆笑するくらい好きやから!」
そうやって嘘ぶいた清咲だったが、映画が始まって10分ほど経つ頃には、全力で逃げ出したくなっていた。
ガクブルと震えながら、それでも気丈にスクリーンを凝視する。
登場人物達が白い手に引きずり込まれる度、ヒュッと出そうになる悲鳴を飲み込み、ガチガチに唇を噛んでそれに耐えた。
(あかん、全然あかんわ。どうやっても爆笑とか出来へん。もう目開けてるだけで辛いもん。泣きそうやもん)
震えながら、チラリと奏多に目をやる。
奏多は、美しい横顔で平然と映画を楽しんでいた。
(あかん、楽しんでるのに水刺したらあかん。ここは何としても、大人しく席に座っとかな。よし、もう目を閉じよう。見てるように目を閉じよう)
目を閉じれば、スクリーンからえげつない悲鳴が聞こえるものの、幾分気持ちは楽になった。
そのままずっと目を閉じてやり過ごすことに決める。
ただ問題だったのは、徐々に顔を出し始めた睡魔だった。
(あかん、昨日緊張でロクに眠られへんかったから、めっちゃ眠い…!でも映画で寝るとか一番最悪や。デートで一番やったらあかん事やって、立石さんが言うてた)
このデートプランは、立石が考えていた。
まず初めに映画を見て、その後お茶をして、そしてお店をブラブラと見て回った後、夕飯を一緒に食べて、夜道を二人で歩きながらいい雰囲気を作り出し、そこで告白すると言う完璧なプランだ。
まだ出だしで躓く訳にはいかない。
一つ一つを成功に収めないと、最後の告白は生きてこないと立石が豪語していた。
(絶対寝たらあかん!でも目開けたいのに開けられへん!どうすんねん!八方塞がりやわ!!デートってこんなに大変なん!?)
ある意味ガクブルと震えながら、必死に眠気に耐える。
だが、目を閉じて睡魔と戦うなど、無謀に等しい訳で。
気付けば、奏多の肩に頭を預けて眠りこけていて、目の前のスクリーンにはエンドロールが流れていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
映画が終わったと言うのに、絶叫した人がいて、館内を出て行く人が皆驚いて清咲を流し見て行った。
「ご、ごごごごご、ごめん!早松君!」
「いや、気にしなくていいよ。とりあえず終わったから俺達も出よう」
ガッカリしているのか、怒っているのか、奏多の無表情さからは何も読み取れなかった。
けれども、大きな失敗をしてしまった事には変わりなく、清咲はガックリと肩を落として館内を後にしたのだった。
「苦手なら、言ってくれたらよかったのに」
ひたすら謝る清咲に、駅ビルのコーヒーショップでアイスコーヒーを飲みながら、奏多はそう言って小さく笑った。
窓際の席で項垂れた清咲は、何度目になるか分からない「ごめんなさい」を呟く。
「あの、見てない奴が言うのも何なんやけど、映画、面白かった?」
少しでも罪悪感を減らそうと、奏多の口から楽しかった、と聞きたかったのだが、何故だか奏多は黙ってしまった。
悩んで熟考しているのに気付き、罪悪感がまた増した。
「ごめん、隣で爆睡してる奴おったら、楽しくなんか見られへんよね」
「いや、そうじゃなくて。途中までは面白かったんだ。けど…」
「けど?」
奏多はいくばくか押し黙って、疲れたように言った。
「この話はやめよう。とにかく、楠元さんは気にしなくていいから」
そう言われたものの、清咲はこの失敗を引きずってしまい、後のデートも全てカラ回ってしまった。
駅ビル内でウォーターサーバーの展示会に捕まってしまい、断るタイミングを見失って一時間近く話を聞いてしまったり、ビルから出て駅前をブラブラ歩いた際には、よそ見をしてしまって奏多とはぐれてしまったり、その上見付けて駆け寄って盛大にすっ転んでしまったりと、散々だった。
しまいには、美味しそうなパスタ屋でご飯を食べたのはいいのだが、一張羅のワンピースにトマトソースを付けてしまい、着たまま奏多に染み抜きをさせてしまうなど、何をするにも残念な行動ばかりが目立ってしまった。
「早松君、なんかごめん…」
食事をし終え、駅に向かって夜道を歩きながら、清咲はまた奏多に謝った。
今日で何度目だろう、と自分でも呆れてしまう。
(最悪や。こんなんで言えるわけない。好きなんて言っても、マヌケ過ぎる)
ふと、こんな時、キヨヒメならなんと言うだろう、と考えてしまった。
甲高い声で、「このマヌケ!しっかりせんかい!」とでも言うのだろうか。
(はは、言いそう。その方が、少しは気持ちも楽やったのに。あの人がおったら、この辛い道のりも、楽しいものになったんかな)
急に寂しさが込み上げて来て、どうしようもなく切なくなった。
たまに、ふとした拍子に、彼女が恋しくなってしまう。
会いたいと、切実に思ってしまう。
彼女に言ったら、それこそ、しっかりせんかい!と怒りそうだ。
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