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「楠元さん」
不意に、それまで黙っていた奏多が立ち止まった。
驚いて振り返った時、差し出された奏多の手のひらにキーホルダーがある事に気付いて、清咲はハッと息を飲んだ。
「これ、さっきの雑貨屋で見付けたんだ。何となく似てるのかなって、思わず買ってしまった」
微笑みながら言う奏多の手には、可愛らしいヘビのキーホルダーがあった。
「こ、これ、キヨヒメ…?」
恐る恐る尋ねると、奏多はうん、と頷いた。
「楠元さん、喜ぶかなって」
奏多は清咲の手を取ると、ヘビのキーホルダーをそっと渡した。
「あ、あれ…、なんでやろ」
気付けば、グッと熱いものが目頭に込み上げて来ていた。
「いらなかった?」と聞かれ、泣きそうになる顔を腕で隠しながら、ブンブンと大きく首を左右に振る。
「い、いらんくない。嬉しいんや、凄く」
「ならいいんだけど。でも本当に嬉しいのか?」
戸惑う奏多に、清咲はギュッと涙を飲んで彼を見た。
「キーホルダーはもちろん嬉しいけど、なにより、早松君が、キヨヒメのこと、思い出してくれてたのが、嬉しくて…」
「どうして?」
「リセット、されてなかってんなぁって。ちゃんとまだ、早松君の中に、あの世界はあるんやなって、思えたから…」
奏多は暫く困惑した様子で黙った後、泣きそうになる清咲を慰めるように、恐る恐る言った。
「当然だ。世界線は違っても、あの出来事は俺の一部でもあるんだから。それを消すことなんて、絶対にあり得ない。たまに俺も思い出すよ、彼等のことを」
いつの間にか頬を滑っていた涙を、奏多が親指の腹で拭ってくれる。
「たまに寂しい顔をしているのは、それが原因だったのか。言ってくれれば、いくらだって思い出話をしたのに。君だけの思い出になんてさせないから、安心して」
奏多がホッとした顔で微笑む。
清咲も久し振りに感じる安堵感に、泣きながら微笑み返した。
そして、言うのは今かもしれない、と、勇気を振り絞って言った。
「あ、あの、早松君」
「ん?」
「あの、えっと、その、そう、あれやねん」
「あれ、とは?」
「だから、その、すっ、すすすすすすすす」
き、と言いかけた時。
突然、知らない声に呼び止められた。
驚きながら視線を向けると、店と店の間の小さな路地に、黒ずくめの衣装を着た怪しい女性が、占いの看板を下げて座っていた。
「ちょっとそこのお嬢さん、占ってあげるからいらっしゃいな」
「え、えーっと」
たじろぐ清咲に、尚も女性は言い募った。
「いつもなら30分3千円だけど、今日は特別に学生割引で千円でいいわよ。千円なら、当たらなくても痛くも痒くもないでしょ?」
「いや、当たらへんって自分で言ったらあかんやつやん…」
「ほらほら、早くしなさいな。パパッと占ってあげるから」
「えー…」
「あっ、やばいわ、あなたの背後になんか黒い物が見えるわ。すっごくやばいわ。きっと今の誘いを無視したら、事故るわね」
「めっちゃ嫌なこと言うやん!分かりましたよ、やりますよ、やればいいんでしょ!?一回だけですよ!」
「まいどありー」
ハッとして奏多を見ると、彼も面白そうだと思ったのか、案外すんなりと占い師の前に座っていた。
ホッとしつつ、捨てた気持ちで千円を払う。
占い師は、素早く千円を受け取ると、ジーッと清咲を観察し始めた。
目の前の大きな水晶を触らない所を見ると、ただの体裁らしい。
すぐに胡散臭く感じながら言葉を待っていると、彼女は突然目を見開いて言った。
「聞くの忘れてたわ、何を占う?運勢?恋愛?お金?」
「いや、さっきまで何を見てたん」
「もう面倒くさいから、そこの坊やとの相性占いでいいわよね。さてと、うんうん、二人の相性は…、そこそこね。そこそこいいと思うわ。気をつけることは、喧嘩ね。喧嘩に気を付けてたら、うまく行くわ」
立ち上がろうとする清咲に、待って待って、と占い師が慌てて引き止める。
「二人の背後に不穏な未来が見えるわ…!」
「その手にはもう乗らへんから!話聞いても無駄やって分かったんで、帰ります。勉強代になりました」
「待ちなさいって!今から本領発揮するから!まだまだこれからだから!」
仕方なく席に戻り、占い師を睨む。
彼女は仕切り直すように衣装を整えると、やっと水晶を撫でるように触りながら言った。
「そこのお嬢さんね。あなた、今凄く会いたい人がいるんじゃない?」
「会いたい人…」
占い師は手を止めて、ジッと清咲の体を射抜くように見つめて来た。
胡散臭いと思うのに、その瞳は、不思議と人を惹きつけるような、まるで目の前の水晶玉のような、美しい瞳だった。
「いつか会えるわよ」
「いつかって、いつです…?」
「その時がくれば、ね。あなたの中から現れるわ」
「私の中から?」
「そう、あなたの中から。愛する人と結び付いて、小さな命が生まれる。その命が、あなたの会いたい人。………命は、巡って行くものだから」
電車に揺られ、いつもの駅に降り立つまで、清咲の頭の中はずっと占い師の言葉でいっぱいだった。
信用するに値しない、とんでもなく胡散臭い占い師の言葉なのに、どうしても頭からこびりついて離れなかった。
薄暗い夜道をぼんやり歩きながら、すっかり本題を忘れた清咲は、少し前を歩く奏多にそっと話しかけた。
「早松君」
「ん?」
「あの占い師が言ってたのって、やっぱり、私が産んだ子供、ってことかな?」
歩いていた奏多が足を止めて振り返る。
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