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街灯に照らされた奏多の顔は、やっぱり何を考えているのかわからない無表情さだった。
「ああ、俺もそうやって受け取ったけど」
清咲は恥ずかしい気持ちをぐっと堪えると、観念して言った。
「私の会いたい人ってな、キヨヒメなんや。だから、いつか私から産まれてくるのがキヨヒメなんかなぁって、そんな事ずっと考えてしまってて…」
言いながら、やっぱり恥ずかしくなって、慌てて捲し立てた。
「あ、いや、あの胡散臭い占い師の言うことやから、全然信じてないよ?でも、そうやったら、面白いなぁって、そう思っただけで…!」
奏多は、いつものように暫く考えた後、あっさりと言った。
「俺も、そうだったらいいなって、考えてた」
「ほ、ほんまに?」
「ああ。俺も会いたいから。キヨヒメに」
嬉しくて、また泣きそうになっていると、奏多が突然とんでもない事を言った。
「そう考えると、凄く楽しみになるな。いつ結婚しよう、とか、キヨヒメならどんな名前がいいか、とか、色々考えられて」
清咲は一瞬、自分の耳がバグを起こしたのかと思った。
「え、結婚?名前…?」
「まぁ、今すぐって訳にはいかないから、まだ会えるのは先だと思うけど。名前は、出来たら俺の意見も反映させて欲しいな。それこそ、気が早いけど」
清咲は、盛大に心臓を暴れさせながら言った。
「待って待って待って!結婚って、誰と、誰が?」
奏多は、目を丸くして当然とばかりに言った。
「誰って、俺と楠元さんが」
「えーっと、私と早松君って、そういう関係やったっけ?」
「俺はそうだと思ってたけど」
「い、いつから?」
「再会した時から」
清咲は、思わず膝から崩れ落ちた。
座り込む清咲に、奏多が不安げに顔を覗き込んで来る。
「もしかして違った?」
清咲は真っ赤になりながら、頭を左右に振った。
「ち、違わへん!全然違わへん!でも、だって、早松君、そんな素振り全然なかったから…」
「いや、楠元さんも家に下宿に来てるから、あんまりあからさまに振る舞うのもどうかと思って。家族の目もあるし」
「そ、そうやったん!?」
「俺、結構学校では楠元さんと一緒にいたと思う。だから俺の周りの友達は、付き合ってる認識があったんだけど。まぁ、楠元さんって鈍いから、仕方ないかと今は思うけど」
奏多に鈍いと言われ、地味にボディに喰らう。
「だ、だって、好きとか、言われてないもん。分からへんし、実感もないよ」
「好きだよ」
「い、今言われても…」
「じゃあどうしたらいい?」
「どうしたらって…」
真っ赤になって狼狽えていると、不意に唇に柔らかいものが押し当たった。
それが奏多の唇だと気付くのに、清咲は暫くの時間を要した。
「これで実感した?」
奏多が、珍しく悪戯げに笑っている。
清咲は耳まで熱くなった顔を、堪らず両手で覆った。
「ずるい、ずるいわ。私、めっちゃ頑張ってたのに」
「今日の楠元さん、面白かった。色々、から回ってて」
「ひどい。どうせ心の中で笑ってたんやろ」
「いや、可愛かったよ。映画の内容が頭に入らないくらいには、意識してたし」
ハッと顔を上げると、少しだけ照れた顔をした奏多がいた。
「怒ってなかったん?」
「怒ってはないけど、結構困った。色々我慢するのに」
「我慢…」
奏多は照れを隠すように立ち上がると、清咲に手を差し出した。
恐る恐る、その手を取る。
グッと力強く引き上げられて、その拍子に奏多の胸の中へ飛び込んでしまった。
恥ずかしくて飛び退きそうになったが、堪えてそろそろと奏多を見上げる。
「早松君、えっと、あの、とりあえず、よろしくお願いします」
もっといい言葉はなかったのかと自分自身に呆れたが、奏多は嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ、よろしく」
「う、うん」
ドキドキと、心臓が忙しなく高鳴り続けている。
清咲は、手の中にあるヘビのキーホルダーをギュッと握り締めると、そっと願った。
(いつか、私の所に会いに来てくれますように。私と、早松君の所に…)
奏多の指先が、清咲の頬に触れる。
彼の端正な顔が傾き、近付いてくるのを。
清咲は目を閉じて、祈るように受け止めたのだった。
「まいったな」
「な、なにが?」
「家で我慢出来る気がしなくなった」
「そ、それは、我慢しよう…」
「……善処する」
二人の未来 終わり
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