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爬虫類は嫌いだった。
特に蛇。
手足がないのに動きが早いし、音もなく地面を這いずり回ってうねうねしているし、グイッと頭を持ち上げる時があるし、鋭い目はこちらの考えている事を見透かしてるような気がするし、とにかく存在自体が気味悪い。
国内で最強のヒグマだって蛇が嫌いだ。
そんな細長い生き物は、どこをどう見ても好きになれる要素が全くない。
好きになろうとも思えない。
だからこの先好きになることも、蜜に関わることも一生ないだろう。
そう思っていた。
ほんの数日前までは。
「写生大会とかマジつまらん!なんでこんな授業があるん。しかも難しい寺とか、絵が下手な奴には拷問以外の何物でもないで」
先程からずっと画用紙に向かってブーブー言っているのは、保育園の頃からずっと一緒だった寺本美紀だ。
適当な下書きを、水彩絵の具で芸術家並にザッザッと塗り潰している。
下書きの必要あったのか?と疑問に思いながら、楠元清咲は目の前に聳え立つ道成寺の本堂を仰いだ。
古くて大きな寺は、青空の下でどっしりと腰を据えていた。
左手には花を散らしてすっかり寂しくなったしだれ桜の木が植えられている。
数十人の学生達が、思い思いの場所でそれらを見つめて鉛筆や絵筆を動かしていた。
中央に堂々と据えられた本堂は、学生達の視線を意識しているのか、いつもよりどことなく偉ぶっているように見える。
そんな寺からこちらに向かって吹く風は、懐かしい線香の匂いを乗せてふわふわと舞っていた。
「下手やからこそちゃう?」
ボーッと寺を眺めながら言うと、美紀はチンピラ並にはぁ?と顔を歪めた。
「なんでや。写生だけが目的やったら、靴でええやん。筆箱とか、その辺のもんで十分やろ。ウチの腕前やったら、道端の犬のクソでも十分やで」
「クソ言うなや。下手やからこそな、こう言う古くてごちゃごちゃして描くだけで壮大に見えるもんを選んだんやで。筆箱とか、シンプルなもんは、余計に下手かそうじゃないかわかるねん」
「なるほどな、ニンニクとトマトとオリーブオイルのパスタよりも、繊細な味の高野豆腐の方が誤魔化しきかんっていう奴か」
「例えが微妙やねん。でもまぁ、そんな感じやね」
「で、なんの話しやった?」
「は?」
「さっき言うてたやん。今日、清咲の家に来るって言ってた東京人」
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