片方の目に映るセカイ

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 ある日の通勤途中、視界の端に段ボール箱が映った。  『誰か拾ってあげて下さい』  中から顔を出しているのは小さくて真っ黒な猫。  なんという王道でテンプレな捨て方。工夫の欠片も見られない。  周囲は賃貸マンションだらけの住宅街。どれだけ子どもが駄々をこねてねだっても「ペット不可」という抗いようのない現実が立ち塞がる。  加えてこの猫、よくよく顔を眺めると右目に大きな傷跡があって見えていないようだ。  おうおう独眼竜か。何とまあ厳つい個性だこと。  これはカワイイ猫好きのマダム路線からも完全に外れてしまったな。  周囲の環境に全く馴染めていない様には少し同情するよ。  関心や興味が無かったと言えば嘘になるが、だからといって一歩踏み込む勇気は無い。  次々と通り過ぎていく人の流れに戻って、俺もその場を後にする。  ――道往く人達へ向けて懸命に鳴く声には、まだ生きることに諦めていない意志が感じられて、言い表せないもどかしさと僅かな劣等感を感じた。
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