師弟の何気ない日常の一コマ

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「私は君のことをいつも見ている。いつも想い、考えている」 「……それは告白ですか?」 「今夜は新月だ」 「『綺麗な月』は影の中ですね」 「とにかくだ、私は君が副流煙を恍惚とした表情で、楽しんでいたのを知っている。横隔膜に繰られる肺の動きと、顔を見れば想像できる」 「はあ、ええ、認めましょう。僕は個人の自由に於いて、腹一杯に毒を吸って愉しんでおりました」 「ん、君のそういう素直なところは大好きだ」 「素直じゃない諸々の部分は?」 「大の字はつかなくともlikeだろうな」 「では大の字かLの後の『ove』のために、もっと素直になりましょうか?」 「素直なだけの人間はつまらない。君はそのままでいてくれ」  素直な所が好きと言ったり、素直なだけじゃつまらないと言ったり、結局どちらなのだろう。それは人間ゆえの矛盾や曖昧さなのか、それとも何やら深いわけがあるのか。まだまだ熟れ知らずの青い果実には、先生の考えはとんと見当がつかない。  そんなことを考えてる間に、タバコはフィルターの手前一ミリ以下まで灰と化した。先生は二本目に火をつける。こう間髪も入れずにふかしていては、先生の歯は燻製になっているに違いない。でも、不思議と先生の歯は真っ白だ。その笑顔は、陽光に肌を焦がす爽やかなスポーツマンのものである。
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