師弟の何気ない日常の一コマ

5/6
前へ
/6ページ
次へ
 先生は新しいのを咥える。 「君、少しの間、咥えたまま動かないでくれるかね」 「どうしてですか?」  疑問は残れど、大人しく従う。  すると先生は、火のないタバコを咥えたまま僕の口元目がけて顔を近づけた。思わず目蓋を閉じる。一体何をする気なのだろうか。先生は唐突にこういうことをするから困る。それで後に「経験のため」ですべて片づけるのだ。唇に動きを感じる。そっと目を開けた。すると先生は、僕のタバコの穂先に自分のをくっつけていた。 「すまない、君のほうでもふかしてもらえないか」  返事もしないで煙を吸い込む。しばらくすると、先生の口から煙がこぼれ出した。 「ありがとう」 「先生、今のは?」 「シガーキスだ」 「キスですか?」 「男同士のマウストゥマウスは嫌だと言っていたではないか。だが、間接キスは気にしないだろう」 「ええ、大学時代はよく友人たちと回し飲みとかしてました」 「それと同じだ、同じ酒を共有する目的で回し飲みする。これは同じ火を共有するためにする」 「なるほど、いやまた勉強になりました。ありがとうございます」 「お礼を言うのはこちらだ。火と経験をありがとう」 「ところで、先生」 「なんだね」 「タバコを止められなくても、一日十本くらいに控えることはできませんか?」 「どうしてだね」 「少しでも長く、僕のそばにいて欲しいのです」 「それは愛の告白か?」 「……僕も今日の月は新月だと思います」 「なるほど、しかし無理な話だ」 「減らすのは一本でもいいのですよ?」 「いいかね、このタバコは私たちと一緒だ」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加