師弟の何気ない日常の一コマ

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「と申しますと?」 「では、いまから私がふかす煙の色を見ていなさい」  穂先が朱色に光り、紫煙の竜が昇る。そして蒲公英の綿毛を散らすように、優しく竜に息を吹きかけた。細くうねった体は引き裂かれる。引き裂いたのは神の吐息か北風か。竜とは異質の白き一筋だった。 「主流煙は色が白いのですね。まあ、体に良くないのは変わりないですけれども。でもそれと僕たちに何の関係があるのですか?」 「煙はフィルターを通して、吐くころには白くなっている。それは毒には変わりないが、もとよりも清く美しく見える。私たちの思想や思考も汚らしいもので、フィルターでまだましなモノといらないモノを取捨選択して、一つの文になる。中身はもとのモノと変わらない。だがもとより綺麗に見える」 「確かにそうかもしれません、ですが、それとタバコを止められないことは関係ないでしょう?」 「ああ、関係ない。ただ、思いついたことを言いたかっただけだ」 「まったく、でも、先生のそういう素直な所好きですよ」 「素直すぎるのも良くない。社会は素直すぎる完璧主義者が大嫌いなものだ。作家で食っていけなくなって会社に勤めれば、わかるかもしれぬ」 「大丈夫です、僕は素直でも完璧主義者でもありませんから。先生に隠してること、実はいっぱいあるのですよ」 「素直に白状してくれてありがとう。まさか君が、愛する師匠に沢山の隠し事をする薄情者とは思わなかった」 「いえ、言う必要もないくだらない隠し事ばかりですよ」 「必要もないくだらないことなら、別に言っても構わないのだろう?」 「あっ、そろそろ夕食の買い出しに行かないと!」 「ああ、気をつけて行くのだぞ。例の『くだらないこと』は、秋刀魚の塩焼きをつつきながら話そう」 「え、ええ、秋刀魚ですね。では、行って参ります」  こうして僕は、夕食の食材を買いに、昔ながらの商店街へ旅に出た。旅と言っても、魚屋と八百屋に行くだけだ。  その後は夕食をつくって、秋刀魚と隠し事をつついて、寝る前の自由時間がおとずれる。そこで二人、月見酒としゃれこんだ。今日の月は満月である。だけど、こういうところで素直じゃない僕たちは「月が綺麗」とは決して口にせず、新たな表現を模索したのであった。
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