雲のうさぎ

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 女はよく雲を眺めていた。雲を眺めては、そこに色々な形を見つける。18歳の時、女には同い年の恋人がいた。同じ学校の、同じ学科にいたその男は、彼女の雲の話を聞くのが好きだった。あ、タヌキがいるよ。あ、金魚が浮いてる。あ、モミジの葉っぱみたいじゃない?  永遠にその関係が続くとは、どちらも思っていなかったかもしれない。ただ、彼らの終わりは夏の夕立のように突然だった。女は成人する直前に学校を辞め、実家の手伝いをするために故郷へ戻った。自分たちの遠距離恋愛はきっと破綻するだろうと彼らは予想した。ありがとう、さようなら、元気でいて。雛形通りのその三つの言葉に全部を詰め込んで贈り合い、彼らは別れた。  22歳の時、男には新しい恋人が出来ていた。交際は順調そのもので、週に1度彼らは一緒に外に出かけた。  ある晴れた日、彼らは街中の広い市民公園にいた。左手に鷺色の屋根を持つ大きな城が見えた。遊歩道を歩いていると、その恋人が「あ、たこ焼き」と声を上げた。男は、ついと空を見上げ「え、全然見えないよ。どっちかといえばもんじゃ焼きじゃない?」と言った。そしてすぐにはっとした。恋人は怪訝な顔をして、「あれのことだけど…」と、少し離れたところにあるたこ焼きの屋台を指差した。  数日後、男は恋人との関係を終わらせた。
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