第三章◆愛憎の行方

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「俺が憎いだろ」 決して手の届かない存在を、自分と同じところに落とそうとしている。 ナーヒム本人も気づいていないかもしれない。 彼はムスタファを愛してしまっている。 「憎めよ」 羨ましくて妬ましい。同じになりたい。だが決して自分は彼になれることは無い。 自分が彼になれないのなら、彼が自分になってくれればいい。 自分と同じところにまで堕ちてきてほしいのだ。 心の奥底でそんな歪んだ愛情をムスタファに秘めている。 「殺せ」 ここでムスタファが憎しみのままにナーヒムを殺せば、優しいムスタファの心には永遠にその罪の意識が刻まれる。 ナーヒムはそれを望んでいた。 そうなればムスタファの心はもう自分のものだから。 憎悪の裏にある異常な程の愛と独占欲。 「…ムスタファ…っ聞くな…」 止めなくては。 ハイドは焼け付くような痛みに耐えながらムスタファに手を伸ばした。 こっちを見てくれ。 口車に乗って人を殺めてはいけない。 「…ああ、そうそう」 ムスタファの意識がハイドに向く前に、ナーヒムは思い出しかのように話し出した。 「あの女、中々いい締め付けでしたよ」 「…!」     
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