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「殿下ー」
「あっ、あのやろ!」
その時遠くから聞き慣れない男の声が聞こえた。
少年はその声に眉を寄せて振り返った。
行ってしまう。
子供は直感的に理解し少年の服の裾を掴んでいた。
はくはくと乾いた口を動かして、掠れた声を出す。
「……な、なまぇ…」
「…!お前、喋れたんだな」
頷いた子供に少年は少し間を置いてから名乗った。
「ハイド。…ハイドランジア・ペトラ・エスタシオ」
「はぃ、ど」
「おう」
舌っ足らずの言葉で名前を繰り返した子供。
少年はその頭を雑に撫で回すと片手をあげて大柄な男の元へと駆けていった。
「じゃあな。…おいオリヴァー!てめえどこ行ってやがった!」
「殿下、超こっちの台詞なんですけど」
少年は男に軽口を叩きながらやがて歩き出して行った。
子供はその背中をずっと見つめていた。
ハイドランジア。
強くて優しい、天使のような少年。
自分はきっと彼に会うために生まれてきたのだ。
願わくばもう一度。一度だけでもいい。
彼に会いたい。
生きる希望を見出した子供の元に、砂漠の帝国の王が訪れてきたのはその後すぐのことだった――。
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