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悪意はなかったのでしょう。少し驚かせたかっただけなのでしょう。
リンゴを貪る私。
背後から迫るお兄様。
「わぁっ!!!」
「うぐっ!?」
ファインプレーにございました。
たまたまサイコロよりも少し大きかったリンゴ、たまたまそれを一口で食べようとした私、たまたまそんな私を見つけ、悪戯心を抱いたお兄様。
ありとあらゆる偶然が重なり、天文学的確率の事象が私に発生したのです。
リンゴが喉に詰まった。
崩れ落ちる私、驚愕するお兄様、悲鳴をあげるメイド。
そのまま私の意識はフェードアウトしていったのでございます。
心配停止。唐突に訪れた悲劇を家族は嘆き悲しみました。
若くして死んだ私のためにせめてもの弔いと、豪奢な棺を用意し、盛大な葬式を開きました。
デッドエンド、ゲームセット。悲しみの中、私は死後の世界に、
旅立ちませんでした。
気づいてくださいお兄様。私は仮死状態にございます。
確かに私は死んでおりました。
しかし棺桶を持つ者が躓いたとき、棺桶は大きく揺れたのです。
ポーン、でした。
ポーン、にございました。
口からリンゴが飛び出してきたのでございます。
どこの白雪姫でございましょうか!
口からリンゴが飛び出し息を吹き返した私。気づいたときには棺の中だったのでございます。
なんという悲劇、なんという喜劇。
目を覚ましたとき、箱入り娘の私は箱入り娘(棺)になっていたのでございます。
笑えない。
何とか棺の中から声を出すものの、周りの嘆き悲しみ声に掻き消されるばかりで届きません。助けを求めるものの咽び泣く声で届きません。
お父様お母様。私は死んでなどおりません。
お姉様お兄様。泣かないでくださいませ。泣きたいのは私にございます。
ここで悔やまれるのはシルトクレーテ家の権力。
本来なら葬儀の準備にも手間取るというのに、昨日の今日で即葬儀。数は伺い知れないがこれでもかと集まった慰問客。
仮死状態と気づかれる前に葬儀を行われ、棺からの声に気づかれないほどの出席者。
悲しみと絶望にくれるしかございません。
死んでなどいないのです。私は棺から全力で人生のコンティニューを叫んでいるのです。
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