メーデー、こちら棺桶の中でございます

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たとえ生きていることをわかってもらえても、生け贄ができて喜んでいる彼らはきっと知らん顔して私を置いていくでしょう。不謹慎な話をしていることから、ここに私の味方はいらっしゃらないのでしょう。 潮の匂いがして参りました。 「よし、この辺りでいいだろう。」 「この岩だ。この岩に乗せておけば満潮の夜に海に流されて龍神様のところへ行く。」 「本当に助かった……、」 黙祷一つ残し、足音と話し声が遠ざかり、とうとう波の音だけとなりました。 どこかで助かる気がしたのでしょう。しかしここまで来てとうとう誰も助けてくれないことに気がつきました。 何故私がこんな目に。ずうっと遡っていくと、メイドを心配させながらリンゴの皮を剥いた私が悪かったのです。いい年してリンゴの皮を剥けることにはしゃぐなど良家の令嬢にあるまじき愚行にございました。 潮の匂いが強くなり、波の音が近くなる。 日が落ちたのでしょう、隙間から射していた日はなく棺桶の中は酷く寒くなってまいりました。 いよいよこのまま死んでしまうのでしょうか。 いえ、リンゴを詰まらせて死ぬよりも、生け贄として神に捧げられる方がまだ名誉ある死でございましょう。 否応なしに溢れる涙を拭う人もなく、ただ私は狭く冷たい棺桶の中で鼻をスンスンと鳴らしておりました。綺麗に施されていたでしょう私の死に化粧はきっと台無しになっていることでしょうが、そんなことを気にできるほど私の心は強くはありませんでした。 「っふ、うう……、」 「……誰か、誰かいるのか?」 突然、どこからか声が聞こえて参りました。若い男の声。彼の聞く誰かというのが私だとわかったとき我を忘れて叫びました。 「ここです、ここにいますっ!出られないのです!助けてくださいっ!」 すると気がついていただけたようで、バシャバシャという海を走る音がすぐ側まで来てくださりました。もう生け贄として生を全うするという僅かな覚悟もかなぐり捨て棺の蓋を叩きます。 「ひ、棺!?いや、もう大丈夫だ!すぐに出してやるからな!」 頼もしい声と共に棺の蓋が少しずつ壊されていきます。安心してまた涙が出て参りました。
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