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気が付いた時には食人の衝動があった。子供の頃からずっと、人を食べてみたい、という漠然とした願いがあったのを、気付かないふりをして、自分自身をどうにかごまかし続けてきた。
けれど大人になって、自由を獲得してから、歯止めが利かなくなった。衝動に抗えなくなった。食人を実行に移した理由はたったそれだけのことだった。
ドライブだといって恋人を山の中へ誘い、殺した。あらかじめ確保しておいた山小屋に用意した冷凍庫で凍らせた。それから彼女の全身を三か月ほどかけてじっくり食べていった。
そんな私だが、禁忌を破ったことについては罪の意識を感じていた。食べることを我慢し続けていたからこそ、人を食べてはならないことについて、人一倍自覚的だった。
だから私は、彼女をあらかた食べ尽くし、死体の残りが、頭だけになったところで、山小屋のそばにあった枯れた井戸へ、じっくり焼いた彼女の頭を抱えて飛び込んだ。
その枯れ井戸は深く、とても私には這いあがれそうになかった。私はそこで飢え死にしようと考えていた。食人鬼に相応しい死に方だと思った。未練がましく焼いた彼女の頭を抱えていたのは、私の食い意地がはっていたせいだ。私は井戸の底でちびちびと彼女をつまんでいた。
その日も、私は彼女の頭をほじくり返しては、骨の内側にこびりついているほんのわずかな肉のために、隙間へベロを突っ込んでいた。
その瞬間を見られたらしい。
「なにしてるの?」
突然頭の上から降ってくる声に、驚きの余り、私は彼女の頭を落としてしまった。
見上げると井戸の縁に手をかけて、こちらを覗き込む人の顔があった。その人物は幼く、子供のことをよく知らない私には、小学生の低学年くらいに見えた。
どうやら私は自分の考えた通りには死ねないらしい。覚悟した。けれど、それも仕方のないことだと、諦めていた。そもそも死を望んでいなかった彼女を殺した私に、死に方を選ぶ権利などあるはずがないのだ。
どうせなら火あぶりで殺してほしい。そう思った。そして私のような鬼畜が二度と現れないように、私の燃えカスに強力な酸でも浴びせるかして、跡形がなくなるよう葬りさってほしい。
下手な恐怖を与えてしまわないよう、私は可能な限りの笑顔を少年に向けた。
「おじさんはね、人を食べているんだよ」
私はそう言って、彼女の頭を拾い、それから一緒に頭を下げた。
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