8 俺の名は

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8 俺の名は

「チッチや、チッチや」  オカアサンが呼んでいる。仕方ないので、俺は押し入れ布団の上から飛び降りて部屋へ向かった。 「ほらここへおいで」と言って、オカアサンは長座した太腿を叩いた。  俺はオカアサンの膝に上がって丸くなった。  オカアサンはひとしきり俺の頭を撫でると、針仕事にもどった。まったく、年寄りの世話は大変である。  あの事件の後、俺は車に乗せられて、センセイとやらの所に連れて行かれた。白い部屋の台の上で針を刺されたり何だりして、3日くらい檻に閉じ込められた。  迎えに来たキヨシサンが、「お腹の中まですっかり綺麗になった……」とか、「猫エイズではなかった……」とか、センセイと話していた。  その間にオカアサンが来て檻に手を入れたので、俺は引っ掻いてやった。「ごめんなさいね」と言って、涙ぐむのには参ったが、俺だって身を守らねばならぬ。  それから俺の籠城がはじまったわけだが、敵も猿もの引っ掻くもの、歯を立てても爪を立てても、頭を撫でようとしてくるし、うまい飯はくれるし、猫じゃらしで遊んでくれるしで、さしもの俺も懐柔されていった。  3ヶ月経って、いまのところオカアサンにだけ触らせてやることにしている。  ワナビは2ヶ月ほど前に出て行った。ヨーコサンの元気がなくなって家がすこし暗くなったが、まあ、それもしばらくして元にもどった。  俺たちの縄張りには新しく三毛が来て大きな顔をしている。俺には家の中という縄張りができたから、どうでも良いが、トタン屋根をどたどた走るのは驚くので止めて欲しい。  それに、キヨシサンが何も言わないのも腹が立つ。俺たちのことは血相を変えて追ったくせに、不公平である。  それで三毛の奴を見かけたら、サッシ越しに多少脅かしてやることにしている。 「チッチ、ちょっとどいとくれ。トイレ行くから」と言って、オカアサンが俺の尻を押した。  気持ち良く、うとうとし始めたら、これである。俺は床に下り、伸びをしてからオカアサンの後を追った。 「おや、ついて来てくれるのかい」と言って、オカアサンは嬉しそうに笑った。 「にゃー」と、俺は鳴いた。  そうそう、俺にも名前がついたのだ。これには生まれて一番驚いた。弟がいたらどんな名前をもらったろう、と、たまに考える。
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