惜しからざりし命さへ ⑥

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惜しからざりし命さへ ⑥

 夜が更けた頃に扉から灯りが漏れて、ああまたか、とうんざりする。考えまい、思い出すまいとしてもあちらは忘れずにやって来る。きゅうと唇を噛み岩壁に揺れる燭台の火を見詰めた。それが精一杯の拒絶と示しても、どうせ奴らには伝わりようも無い。否、伝わっていても私の意志などお構いなしなのだろう。それもまた、当然だ。一月ぶりに始まるおぞましい儀式とやらの始まりに目を閉じる。  辛いことは無い、天井の染みなり畳の目なり数えていれば終わる。昔母の勤めていた見世に連れられ泣いて暮らしていた娘に、母がそう説教していたことを思い出す。私には何ひとつ教えたり学ばせたりしなかった母だけれど、後輩に対しては面倒見のいい人で慕われていたように思う。そして母から面倒を見られなかった分、母を慕う娘たちに難しい言葉やら生活に役立つ諸々を教えて貰ったものだ。中には閨事について吹き込んでくる娘もいたが、そういった場合は大体その後母から冷たくあしらわれ私とは関わることがなくなっていった。     
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