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秘めること1.
月が見ていた。
きんと冷える空気に、自身の吐く息が白い。
月の皓さに似ていると、香彩は何気なくそんなことを思う。
楼台の手摺に背中を預けて、香彩は空を見上げていた。
今夜は灯がない。
普段ならば黄昏時が過ぎてから、燈籠に火が燈されるというのに、籠番が忘れたのか、きまぐれな風が吹いたのか、灯は消えていた。
本来ならこの辺りは真っ暗で、何も見えないだろう。
だが今宵は満月だ。
灯は無くても、その蒼瞑な光は、景色や空気や人でさえも、宵闇と相俟って、蒼く染め上げるかのようだった。
そんな月の光に包まれ、自身の着ている白生地の着衣も染まっていることに気付き、香彩は小さく息をつく。
月を見ていると思い出してしまう人がいた。
なかなか会えない、人だ。
前に会ったのは、いつだっただろう。
思い返すと脳裏に浮かぶのは、夏の太陽のようなはつらつとした笑顔だ。
香彩は不思議に思った。
前向きで明るくて太陽のような人なのに、どうして月を見たら思い出してしまうのか。
「あ……」
不意に思い当ってしまって、淡く笑みがこぼれる。
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