クリームソーダの向こう側

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 通算千百五十四杯目。 毒々しい緑色だ。明らかに着色料一〇〇パーセント。それがいい。その上にはクリーム色を通り越して、黄色としか表現できないバニラアイスの島が呑気にぷかぷか浮いている。そして、一番大事なのがこれだ。同じく毒々しい真っ赤なサクランボ。これがなければ、本物とは言えない。 ナポリタンの甘いケチャップが焦げる匂い。熱い鉄板に触れたハンバーグの、肉汁の匂い。ドリップから滴り落ちるコーヒーの香り。その中で、一筋の匂いを私の鼻が捉えた。 そろそろやって来るのだ。この匂い。きっと、もう少し。 「お待たせしました。クリームソーダです」 来た、私の幸福が。 「はぁ、美味しかったなぁ」 最後のひと口を飲み干した。口の中は、炭酸でしびれたようにピリピリしているし、甘さがこびり付いている。だが、この感覚が消えないうちに、私の重大な任務を遂行しなくてはならないのだ。  喫茶スピカ   クリームソーダ 六〇〇円   一般的なメロンソーダ。バニラアイスは黄色っぽい。量は多めで、飲み切るとかなりの満腹感。甘さが強い。メロンの香りが強い。 ノートをパタンと閉じる。学校に戻ったら、メニュー写真をプリントアウトして、このページに貼らなくてはいけない。店内の写真もだ。 私はふと顔を上げた。 店内には何かが満ちているようだ。お客さんは皆思い思いに過ごし、違うものを注文し、好きな時に帰ってゆく。だけど、ここにいる一人ひとりに同じ時間が流れ、同じ時間の中で生きている。そんなひとつの場所で生まれる、あたたかい、何か。 ノートをもう一度開く。そして、ペンを走らせる。 「よし」 心の中で大きく頷いた。なかなかいい文章じゃない。   ひとつの喫茶店で、お客さん一人ひとりの人生が交差する。そんなあたたかい幸せが満ちている。  「ただいま戻りましたぁ」 この炎天下の中を走り続けた私の体力メーターは、ほぼゼロに等しくなっていた。
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