第10章 悪いの誰だ?

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 ーーあの時。  崖の上でイヴは勇者に囁いた。  「あなた達が持っているのは本当はイノシシの毛なのよ」と。  驚く勇者に彼女は微笑んで言葉を続ける。  「わたし達は崖から落ちるわ。死なないようにジルがこの崖の壁にあらかじめ隠れる横穴を掘ってくれているの。そうしてあなた達が手がかりにしているイノシシの毛を使ったカツラだけを切り刻んで川に流してしまうわ」  そうしたら、わたし達の居場所はもうわからない。  「あなたは、見て見ぬふりをしてくれればいいの。崖から落ちて、そこから先は見つからないと言って」  「その毛の持ち主はもう、死んでいるのかい?」  驚いた勇者には、そんな間抜けな質問をするのが精一杯だった。  「ええ、そうね? たぶん、もうそのイノシシさんは死んでいるわ」  「そうか」  そうか、ならば、生死判定魔法を使われても、矛盾は出ないだろう。  彼女達を死んだことにできる。  そう思ったあたりで、そのことを伝える前に、イヴは崖へと向けて、一歩下がってしまった。  「強制はしないわ。好きな方を選んで」  そう言って、彼女は笑う。  それは、勇者の選択を確信しているかのような笑みだった。  「さっきも言ったけど、わたしは最初っから、ただ欲望に忠実なだけよ。あなたも、たまには欲望に忠実になったらいかが?」  そうして、勇者の目の前を灰色の獣人が遮った。  彼女に手を伸ばしたのは、一体、どちらの意味だったのだろう。  彼女を捕まえたかったのか。  それとも――、自分も連れて行って欲しかったのか。  届かなかった指を握って、勇者は立ちすくむ。  結局彼は、彼女の意図通り、欲望のままに振る舞うことを選んだのだ。  *   晴れ渡った空の下、周囲には花々が咲き乱れ、木々が爽やかな風に揺れて音を鳴らしていた。  リリクラック山脈の大地を踏みしめて、登るほどに近くなったように感じるその空を見上げながら、イヴは鼻唄を歌って歩く。
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