一日目

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一日目

「つまり、アンタは記憶喪失だって事かい?」 部屋に通された途端、お婆さんに事情を問い質された俺は、今の状況を全て話していた。 「はい、そうだと思います」 驚く婆さんの手にはカップに注がれたココアがあった。ホカホカと湯気をあげている。それを無言で差し出してくるので、有り難く頂いた。 それだけじゃない。この婆さんは部屋につくなりすぐに暖炉に火を入れ、俺をその前にあるふかふかのソファに座らせ、更に毛布まで持ってきてくれたのだ。現在の季節は冬らしく、外はかなり冷えていた。その上、薄着で寝ていた俺の体温はかなり下がっていた。そんな俺に気を遣ってくれたのだろう。見かけに寄らず、優しいお婆さんだ。 「それは困ったものだねぇ」 「まったくです」 「名前とか、家族とかも忘れたのかい?」 「はい、全部」 あちゃ~、とお婆さんはどこか間延びした声を出す。 「酒の飲み過ぎじゃないか?」 「え、酒!?」 「アンタ酒臭いよ」 言われてみて初めて自分の匂いを嗅ぐ。確かに酒臭い。 「じゃあ俺は酔っ払って道路で寝たって事なのか…」 現時点ではこれ以外に考えられない。酔っ払いが車に轢かれたなんて話も珍しくないし。 ただ、酒の飲み過ぎで記憶喪失になる事があるのかが疑問だが。 うんうんと唸りながら考え込んでいると、お婆さんが目の前にやって来た。そして、呆れたように笑った。 「ま、せいぜいゆっくり思い出すんだね。それまではこの家に置いててやるよ」 え?という言葉すら出ないくらい、俺は驚いた。見ず知らずの、しかも酔っ払いの男の面倒を見てくれるというのだ。それも、記憶が戻るまで。出会った時の態度からは想像もつかない程に親切だ。やっぱり本当は凄くいい人なのかもしれない。 ……いや、実は後で 金を取るつもりかもかもしれない、なーんて。 「じゃ、後はアンタ一人でゆっくりしてな」 お婆さんはそう告げると、そそくさと部屋の扉の方へと向かって行った。 「どこ行くんですか?」 「こう見えてアタシは忙しいんだよ」 足早に去っていくその丸い背中に、俺は一言。 「ココア美味しかったです。有り難うございます。ご迷惑をお掛けしますが、これからお世話になります!」 俺の言葉を聞くと、お婆さんは一瞬だけ立ち止まった。 「……へぇ。アンタ、礼儀正しいんだね」 そう呟くと、部屋を出て行った。
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