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 「まずいな」と運転席の河村が言った。ハンドルに手をかけているが、すでにエンジンは切ってある。フロントウインドウから探るようにあたりを見ていた。  「まずい?」助手席にいたひかりが訊く。  「怪しげな男が数名いる。南条を見張っていた連中と同じだな、きっと」  「え?」慌ててひかりも窓の外を見るが、わからなかった。  綾野が勤務しているというNPO法人の事務所の近くまで来ていた。横浜市内では外れの方で、落ちついた住宅、マンションや中小規模の企業の事務所などが建ち並び、大きめの公園もあった。  「今は見えない。時々チラチラ顔を出す程度だ」と険しい表情の河村。  公安の実働部隊の張り込みを素人が見破るのは難しいだろう。だが、河村なら可能なようだ。ひかりは、さすがだな、と改めて感心した。  事務所は思ったより大きかった。マンションの一階フロアのほとんどを占めている。大きな窓があり、中の様子が一部だがわかった。少なくとも10人以上の人がいるようだ。  もうすぐ昼食時なので、ついでを装って会うつもりだった。前に河村に礼をしたいと言っていたので、それを口実に使う。様子を見て里田誠の名を出してみようと思うが、場合によっては夕方に会う時間をつくってもらうだけにすることも考えていた。  「坂下達も、綾野さんが里田誠、そしてサキと同一人物だと見ているんでしょうか?」  「たぶんな。前原さんの身辺を探り、可能性がある人間を割り出したんだろう。問題は、この後どうするかだ。様子を見るだけなのか、それとも何か仕掛けるつもりなのか……」  「綾野さんが里田誠かどうかは別として、このまま放っておくのはまずいですね」  ひかりは不安になった。彼らが綾野を拉致し、確かめるために厳しく取り調べる、という良くない想像が浮かぶ。綾野がサキでないなら大変なことになる。いや、サキであったとしても、逆の意味で大変なことになりそうな気がする。  「そうだな。前原さんに状況を説明する必要がある。知ったら、あの人だって放っておく訳にはいかなくなるだろう。協力し合うのを拒みはしないはずだ」  話している最中、ひかりのスマホが鳴る。建野からだった。
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