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「やーい、のろま。男だろ? しっかりしろ」
くやしい。しかし、菊乃は運動神経が抜群だ。日本の中学校に入学したときには、いろいろな体育系の部活からスカウトが来たくらいだった。
「くそっ、待てよ」
追いかける誠。余裕で逃げまわる菊乃。足の速さも常に学年一番だった姉に、追いつけるはずもなかった。どんどん悔しさが大きくなり、泣きそうになる。
だが、誠は、悔しくて泣きそうになりながらも、それを楽しんでいた。
まったく、困った姉さんだよな……。
内心で苦笑していた。いつも誠をからかい、馬鹿にする姉。だが、肝心なときはいつも守ってくれた。そんな姉のことが、誠は大好きなのだ。
メキシコに来てから半年。心細かった誠を、いつも手荒ながら元気づけてくれたのが姉の菊乃だ。自分だって心細いはずなのに、そんなのはおくびにも出さずに元気すぎる姿を誠の前で見せてくれた。
息が切れて立ち止まる誠。空を仰ぐと、山脈が遠くにそそり立ち、空と陸とを区切っている。
あの向こうはアメリカ合衆国だ。テキサス州だという。格好いい名前だなと思った。ここは、メキシコの中の、チワワ州の片隅だそうだ。何だか、かわいいような、情けないような名前だ。
「何見てんのよ、誠」
菊乃が歩み寄ってきた。あれだけ走ったのに息は整っている。だけど、こっちが疲れ果てた様子を見せているからか無防備だった。
スキができた――。
誠は思い切って姉にタックルをかました。
「スキあり」っと叫ぶように言う。我ながら、みっともない声になってしまった。
うわっと微かに声をあげて、菊乃が倒れる。その上に、誠がのしかかったような状態になった。前に触れてしまったときより少し大きくなった菊乃の胸が誠の腕の下にある。慌てて手を引っ込めた。
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