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「お母さん、どうしたの?」
ようやく、菊乃が恐る恐るながら質問した。
「とりあえずシウダー・フアレスまで行くから」
チワワ州最大の都市だった。だけど、ここからだとかなり時間がかかる。
「それからどうするの?」続けて訊く菊乃。
「会社の人が迎えに来てくれることになってる。そうしたら、日本に帰るの」
「え? 日本に帰る?」
菊乃が驚いて声をあげる。誠も目を見開いた。
「お父さんは?」
誠が気になることを訊いた。だけど、母は、その質問を聞くと、ぐっと唇をかみしめ、とても辛そうな顔になった。
まさか……。
嫌な予感がした。メキシコは治安が悪い国だと聞いていた。父は誠達とは違って、メキシコのいろいろな地域に足を運ぶ。どこかで犯罪に巻き込まれてしまったのだろうか?
姉の菊乃も何かを察したのか、黙り込んだ母にそれ以上追求しない。
誠達の住む家からしばらくは山道だった。舗装された国道に行くまでに、急な坂や狭くてでこぼこの道を抜けなければならない。
普通の状態なら、それでも心配はない。だけど、今の母の運転はとても荒っぽかった。急いでいるからだろう。事故を起こさないか、と心配になった。
少しでも道から外れてしまったら、鬱蒼とした森の中へ車ごと突っ込んでしまいかねない。さらに、この先には流れが急な川があり、その脇をガードレールもない道がしばらく続く。あの川に落ちたら、と思うとぞっとした。
実際、昨日から今日にかけても、上の方の村の子供が何人か流れにのまれて行方不明だそうだ。確か姉の菊乃と同じくらいの女の子達らしい。
リオ・グランデ川という大きな川の支流らしい。川下はいくつにも別れていて、その時の状態によってどこかの村に流れ着くか、それとも誰もいないジャングルに運ばれてしまうか、わからないという。
もっとも、泳ぎが得意じゃない誠などは、その前に溺れ死んでしまうだろう。
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