#2 死の行軍

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#2 死の行軍

 昭和十九年。私、瀬川将希(せがわまさき)は南方にいた。  常に暑い場所だった。日本の熱さとは違う異質な空気。季節の移ろいなどないこの島に放り込まれてどれだけの時間が経っているかはわからないが、日を追うごとに戦況と隊の状況は悪くなる一方だった。  滝のような雨、湿度と暑さがいたずらに絡みあい、容赦なく気力と体力を奪うジャングルの中、敵の襲撃に怯えながら、ただ歩き続ける死の行軍。  仲間内では奇妙な余命診断が流行した。  立って歩ければ一ヶ月、起き上がれなければ一週間……。飢えやマラリアで仲間はバタバタと倒れていき、彼らの死骸を見て「いずれああなるのだ」と死の影に怯えた。  位置も、そして方角もわからないまま、ただただ当てもなく深い緑の砂漠を進む毎日。  その道中、何度か蛆わく仲間の屍と遭遇したが、現実味のない不条理劇を見ているようで、何の感情もわいてこなかった。  国はとにかく死ねと言う。そうすれば名誉の戦死だと。  たとえ弾薬尽きても、ひとりでも多くの敵を倒す。私たちは玉砕覚悟で、敵と戦うつもりだった。持っている手榴弾は敵に投げるためのものじゃない。――――自決用だ。     
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