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レンズを覗けば、世界は空白に包まれる。私はそれがとても愛おしくて、シャッターを切るのは諦めた。
B「撮れた?写真」
A「ううん。止めた」
私はカメラを構えたまま、口角を持ち上げた。笑えていたと思う。
今日でこの景色は見納めだ。世界の使用期限が迫っている。期限が切れたら私達は住む場所を失う。でも、安心して欲しい。人類は新しい世界へと強制的に引越しが決定しているから。私達の命は、知らぬ間に繋がっていく。
新しい世の中は今と何も変わらず、淡々と続くだろう。新世界への移動に痛みはない。本のページを1枚めくるように。何事もなく切り替わる。
私のお気に入りの景色もこのまま変わらない。なだらかな丘陵。芽吹き始めた青草を隠す春の雪。咲きかけた梅の花が身を縮めている。冷めた風に乗る銀色が、私の手を、頬を、全身を刺す。
レンズが白く光って見えるのは、眼鏡が曇っているからだろうか。
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