2人が本棚に入れています
本棚に追加
一瞬の沈黙。
「……はい?」
想像していたものと全く異なる、転がるような声が彼の耳元をなでた。
「………なんだ、女か」
思わず中尉が顔を上げると、自分より拳一つか二つも背が低いであろう下士官が立ち止まって敬礼していた。明らかに男性のそれよりも長く、肩に触れるかどうかで揃えられた髪、そしてやや大きすぎるきらいのある眼鏡が、黒目がちな瞳を覆って縁を光らせていた。
将校集会所とは名ばかり、町の売春婦がどこからか入り込み食堂で嬌声を上げてしなだれかかる、そんな退廃的な雰囲気の中にあって、辰春軍曹は肩書を超越して文緒という女性、確かな存在であった。
「失礼します。これから大尉殿を迎えに行かなければいけませんので」
文緒は改めて礼をすると、怪訝な顔の中尉を尻目にどこか目的地であろう場所へと廊下を歩み去ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!