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「お客様、お客様」
若い女性の声で、心地よい微睡みから戻る。どうして他人に髪を乾かしてもらうのは、こんなに眠気を誘うのか。あくびを我慢しきれずに、それでも片手で隠しながら鏡に目をやった。
「…………」
胸の辺りまで伸びていた髪はバッサリと切られ、前髪は左に流すように整えられたそれは、私の希望とは程遠かった。
「あの、私パーマかけたいって言いましたよね」
「はい」
「いや、えっ? パーマかかってないですよね」
「そうですね」
「そうですねって……」
思わず復唱した店員の言葉を改めて飲み込むと、どうしようもない不安に包まれた。
私、パーマかけたいって言ったのに何でこんなに切ってるの?
前髪だって伸ばしていたのに、何で?
そもそもこれで全額払わなくちゃいけないの?
いくら普段クレーマーと対極に位置していたとしても、これは物申すべきだろう。深くなっていく眉間のシワと下がり続ける眉に、店員は慌てる様子すら見せない。
「勿論、お題は結構です」
こちらの困惑など意に介さずケラケラと笑う様子は、どこか狐を思い起こさせる。
「もし、この髪型にして嫌な事がありましたら、その時はもう一度お訪ねください」
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