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嫌な事も何も、全然違う髪型になったのが既に嫌な事じゃないだろうか。やっぱりいつもの美容院にすれば良かった。
腕は確かだが、少々値が張るという理由でいつもの美容院をやめた。その結果がこれだ。フラフラと街を歩いて、「予約なしでも大丈夫!」という売り文句に釣られて入ったが、こういうわけだったんだ。内装や雰囲気が良さそうだからって見た目に騙されてどうしようもない。
重い足取りで歩みを進めれば、いつも気になっていただけの喫茶店が目に入る。今風、というよりはどちらかと言えばレトロな雰囲気で、通勤途中に見かけては少し眺めるだけで終わっていた店だ。
何となく、入ってみようかなと思った。
カランカラン。
コの字形のカウンター席に、テーブル席が三つ程。あまり大きな店ではないが、店員が一人しかいないところを見ると丁度良いのかもしれない。加えて昼食のピークを過ぎた店内は、私の他には眼鏡をかけた若い男性が一人と、オフィスカジュアルに身を包んだ二人組の女性客だけだ。静かに流れる音楽も良い。
テーブル席に座って、店内を見渡す。今まで外から見てただけではわからなかったが、内装や小物の一つ一つまで洒落ていて、まるで映画の中に入った気分だ。
雰囲気に酔っていると、店員が水を運んで来た。
「すいません、さっきはいらっしゃいませも言わずに」
「いえ」
寡黙そうに見えたものだから何も気にしていなかったが、こうして謝られると少し前の美容師の対応をつい思い出してしまう。
メニューを差し出され、注文を考え始めたが、いつまでも去らない店員に不思議に思って声をかければ少し考えた様子を見せたのちに話し出した。
「貴女があまりにも家内にそっくりだったもので」
「そうなんですか?」
「この店も元々は家内がやりたいと言って……。 と、つまらない話を聞かせてしまいましたね」
「いえ、とんでもない」
「ごゆっくりどうぞ」
含みのある言い方だな、とは思ったがそれを無理に聞き出す程ヤボじゃない。
きっと色々あったのだろう。店員も、あそこに座っている青年も、女性達も。
何の接点も持たない、何も知らない私達がこうして同じ音楽を聞いて、同じ空間を過ごすなんてと妙に感慨深くなる。これが縁、というやつだろうか。
サービスで出された木苺のタルトに舌鼓を打ちながら、そんな事を考えた。
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