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少年は横になり、弥太郎の手を引いた。その手に導かれるように弥太郎は少年に覆い被さり馬乗りになる。屈強な自分の身体とは違う少年の華奢な身体に手を伸ばすと、弥太郎は少年の口に顔を近づける。弥太郎と少年が互いに貪るように舌を絡め合うと、鈴の音に混じって、一つ、鐘が鳴った。
長い夢から引き戻され、神原 辰弥はゆっくりと目を開けた。いつの間にか目尻から垂れていた涙を拭う。柔らかい春の日差しを反射した天井を眺めながら溜息を吐くと、もたれ掛かっている椅子が軋んだ。どうやら仕事中に寝てしまっていたようだ。
――また、あの夢だ。
物心がついたころからたまに見ていた夢だ。幼いころは夢の中の行為が何であるかはわからなかったが、中学に上がるころにはその行為にどんな意味があるのか理解できるようになった。男同士であることは不思議と受け入れられたが、違和感があったのはそのシチュエーションだ。鳴り響く鈴と火に揺れる宮司のような人間たちの影……まるで何かの「儀式」のようだ。
「たかが夢だ……何を気にしていやがる」
辰弥は小さくぼやいて身体を起こすと、デスクの上に置いてあった缶から煙草を一本引き抜いて口にくわえる。
仕事中の居眠りも、起き抜けの一服も、咎めるものは誰もいない。ここでは辰弥がボスだ。二十八歳のころに大手の探偵事務所から独立してもう五年。誰にも何の邪魔もされないこの事務所は、辰弥だけの王国だといってもいい。小さなテナントだが、それすらも昔憧れた秘密基地のように思え、逆に気に入っていた。あえて難を上げるとすれば、仕事の依頼が少なく、最近は財布の中が寂しいということくらいか……。
煙草に火を着け、オイルライターをデスクに投げ出した。
「あ?」
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