目覚め

6/48
前へ
/98ページ
次へ
 ケリーの到着を待つ間、辰弥は事務所の隣に借りている物置用の部屋で準備を始めた。登山用のザックの中三日分の保存食と水、替えの下着、レインウェアなどを詰め込む。ザックのサイドの片側にはヘッドライトを、もう片方には内側の反射板に御札を張り付けた手持ちのライトをぶら下げる。このライトはケリーから買った物で、ボタン一つで弱い霊なら追い払える優れ物だ。  辰弥はくたびれたスーツを脱ぎ、鍛えられた逞しい身体に防刃素材でできたインナーを身につける。新人が巻き込まれたトラブルが、心霊がらみではなかったときの保険だ。インナーの上にトレッキングウェアを着込み、大きめのウエストポーチにパウチした清めの塩や内側にお香を仕込んだ発煙筒を詰める。 「ん?」  ゴムボートや野外用バッテリーなんかを準備していると、事務所の方から何か物音が聞こえてきた。もうケリーが着いたのだろうか?  辰弥は腕時計をちらりと見る。電話を切ってから三十分程しか経っていなかった。  辰弥は廊下に出ると、そっと事務所のドアを押し開けて中を窺う。人影は無かった。ただ、床に灰皿がひっくり返って、吸い殻と燃えカスが散らばっているだけだった。 「……ったく、めんどくせぇ」  どうせすぐに出発するのだから、そのままにしておこうかとも思ったが、これから来るケリーに口うるさく言われるのも癪で、しぶしぶ壁際に立てかけてあったモップを手にする――そのとき、辰弥の視界の端で床の灰がわずかに舞った。まるで目に見えない何かが灰の近くを通りすぎたように……。  辰弥はウエストポーチに手を入れながら視線を走らせる――半開きになっていた窓に気がつき、ふぅ、と溜息を吐いて緊張を解いた。窓から吹き込んだ風に灰が舞っただけなのだろう。  だが、窓なんて開けていただろうか……?  荷物の準備と余計な床掃除を終えて少しすると、事務所のドアがノックされる。辰弥がドアを開けてやると、紺色のスーツ姿の女――ケリーが段ボールを抱えて入ってきた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加