75人が本棚に入れています
本棚に追加
ケリーは来客用の長テーブルに段ボールを置くと、短い黒髪を掻き上げて小さく息を吐く。モデルのようにスラリとした身体にビジネススーツという組み合わせは誠実そうな印象を与える。だが、ケリーが盗品なども扱うことを知っている辰弥からしてみれば、「猫を被っている」と思わずにはいられない。「ケリー・ウォン」という名も本名ではないだろう。切れ長の目は典型的なアジア人のそれだが、国籍も定かではない。
「時間通りだな、ケリー」
ケリーに来客用のソファーを勧め、辰弥も向かい側に座る。
「えぇ、急いで準備したから。ただ、清めの塩とお不動さんの御札は欠品。ちょうど大量発注があったの。一応、代わりの物を用意してきたけど、ツーランクは品質の下がる大量生産品ね」
「ありがとう、無いよりはマシだ」
辰弥が溜息を吐くと、ケリーは真剣な顔で身を乗り出した。
「……ねぇ、今回の仕事、そんなにヤバいの?」
「……あぁ。ウチの新入りが心霊特番の仕事を勝手に受けたんだが……そのロケ場所がかなり危険な廃村なんだ」
ケリーは呆れたような微笑を浮かべ、そっと辰弥の眉間に人差し指を当てる。
「ビンボー事務所に、新人を雇うような余裕があったなんてね……どうせ忙しくもないんでしょ?」
ケリーの優しい指先が、辰弥の眉間の強ばりを解していく――どうやらずっと険しい表情をしていたようだ。こう力んでいては上手くいくものも上手くいかない。ケリーの気遣いに内心感謝しながらも、辰弥はあえてそれを口にはしなかった。
見つめ合った辰弥とケリーの間に、妙に居心地の悪い沈黙が流れた。ケリーは辰弥の眉間から指をどけ、小さく咳払いをする。
「そうだ……企画書か何かないの?」
「あ、あぁ……確かデスクに……」
辰弥は立ち上がり、デスクに向かう。
「あれ?」
デスクの上に置きっぱなしにしていたはずの企画書が消えていた。床掃除をしたときにでも、無意識に片づけてしまったのだろうか?
最初のコメントを投稿しよう!