望月の儀

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 鼓動のような間隔で打ち鳴らされる神楽鈴の音が、岩造りの薄暗い幣殿の中で反響している。  弥太郎とかすみが正座をしている布団の四方を囲む御簾には、神官たちが鈴を振る姿が影絵のように映っている。その中で媼だけは棒のようなもの――剣を両手で高く掲げていた。  膝の上で固く握られた弥太郎の拳に薄い手のひらがそっと重ねられる。目が痛くなりそうなほど白い着物を身に纏ったかすみが、悲しげな――どこか諦めたような顔で微笑んだ。 「僕は死ねば楽になれるけど……。弥太郎を望月にはしたくなかった……。望月はこの土地に縛られて、普通に死んでいくことができないから……」  弥太郎は震えるかすみの手を強く握った。……いや、震えていたのは弥太郎の方だったかもしれない。 「逃げよう、かすみ。今からでも……。俺はお前を――」  弥太郎は必死に訴えかけるが、かすみは涙を溜めた赤い瞳を伏せて静かに首を横に振るだけだった。 「……もう無理だよ……。盃と御瓶子様が逃げ出さないように、ここはわざわざ地下に造られたんだから……。それにお堀だって……」 「俺がお前だけでも逃がす。俺が時間を稼ぐから、お前だけでも――」  ――甲高い鐘の音が響いた。儀式を次の段階に進めろという合図だ。  かすみは手に持っていた霞草をそっと枕元の盆の上に置いた。盆の上には薄黄色の液体に満たされた杯が二つ置いてある。かすみはそれを毒でも見るように睨みながら、小さく口を開く。 「僕だけで逃げて……それからどうすればいいの? ……弥太郎がいない外の世界で、僕は……」  かすみの顔に諦め以外の何かが過ぎる。村の外で二人で過ごすことを夢見るような、諦めきれない希望に苦しむような、甘くて苦い、そんな表情だった。  急かすように再び鐘が鳴った。  かすみは胸の中の想いを吐き出すように深い溜息を吐き、盆の上の杯を手に取った。儀式に臨む前に盃と御瓶子様が口にする決まりの薬だ。  かすみはそっと杯に口を付ける。迷いや悲しみ、希望や未練――それら全てを振り切るように一気に薬を飲み干した。  かすみが杯を盆に戻すころには、その白い肌は桃が熟すようにゆっくりと色づき始めていた。
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