赤い月夜のその後に

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 小鳥がさえずる暖かい森の中を辰弥は一人歩いていた。春の日差しは柔らかく新緑を照らす。  辰弥は抱えた小さな白い花束に鼻を近づける。現代の霞草は臭わないように処理されているらしい。その進歩は時代の流れを感じさせるとともに、辰弥を少しだけ寂しい気持ちにさせた。  かすみが一人で望月の儀を終えてから初めての春を迎えた。  大勢の行方不明者を出したあの事件の日、森の中で一人で倒れる満身創痍の辰弥はケリーによって発見された。出発前にケリーから手渡されたタバコの箱に発信器が仕込まれていたらしい。  ……そういえば、あれからタバコを吸っていない。長い入院生活がそうさせたのかもしれないが、何となく吸う気にはなれなかった。  辰弥は小高い崖に腰を下ろすと、大きく体を伸ばした。じんわりと右手に痺れが広がる。おまけに剣で貫かれた肩も動きが悪い。病院に運び込まれて一週間は昏睡状態だったのだこれくらいで済んだのは幸運かもしれない。  あの事件の後、警察によってこの森は隈無く調べられた。が、廃村どころか、その痕跡すら見つけられなかったらしい。  退院してからの辰弥も何度も森に入り月葉美村を探した。そして今月に入ってようやく、この崖を見つけることができた。村から逃げ出す前、かすみと弥太郎だった自分が寄り添ったあの崖だ。だが……。 「……」  目の前に広がるのはただの森だった。最初から人の手など入ったことがないかのように、風に吹かれた枝が穏やかに揺れているだけだ。  辰弥は溜息を吐くと、手の中の小さな花束に視線を落とす。
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