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「あっ、イテっ、痛いって。ほら、降ろしてやるからっ」
服の袖から覗く腕を狙った、ノラの爪に刺されおもわず呻く。
傷つけるつもりの鋭さではないものの、ノラは素肌を狙い澄まして突いてくる。本人はすっかり此方の様子へ関心もなく、店の裏手へと早足で去っていった。
きっと裏口にある炊事場で仕度中の母へ、おねだりに向ったのだろう。さぼりがばれそうな俺を見捨てて。
人だかりに紛れていたのに、店先へ顔を出した父さんはすぐさま俺を見つけ箒を差し出す。
「おい、ハル? 隠れてないで今すぐ掃除済ませてこい。母さんには黙っててやるが、晩飯は終わらせてからだからなっ」
なんとなく様子を伺っていた周囲にからかわれながら、頭を撫で回す手の下で耳やら頬やらが熱くなる。母さんには内緒にしてくれても、これでは客人にすら仕事を放って外にいたのがわかっただろう。
見なければいいのに、ちらりと視線を上げれば祭服の少女の青い空のような瞳とぶつかった。不思議そうにしながら眺める様子に余計気恥ずかしさが増した気がする。
間抜けな悲鳴によって父に見つかり、旅人たちの馬の世話を終えるまでに鳴った腹の回数は数えていない。 後から手伝いにやってきたノラは、馬の背に飛び移りながら俺をからかっているだけだった。
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