今は昔の語りモノ

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 作業を終えて、無事に母さんの料理をカウンター席に座って食べる。  いつもはもう少し早い時間に家族揃って食事をするのだが、既に二杯目のエールを呷るおっさん達に挟まれている。狭い上にいつにも増して声がでかい。  蝋燭はあまり贅沢に使える物ではないし、毎朝日の昇る前に村の人間は動き出すため夜は酒場にも長居しない。しかし、今は家々から持ち寄った燭台に蝋の減らない大きな火がともり、村中の人間が席も無いのに夜の空気を感じさせない陽気な調子で騒いでいる。  女も子供も関係なく、日が落ちてからもうちへ帰らずに酒場に腰を据えるなんて、村の祭りの時くらいなものだ。  忙しそうにエールを配る母さんより奥の方には、旅人の一団が机を囲んで森番の狩人と何かを話していた。その手元を照らすのは蝋燭にすら着いていない、炎の塊がゆらゆらと宙に浮かんでいる。皆はじめて見る魔法に驚き声を失っていたと言うのに、今ではただの宴会だ。  頭上で今年のエールの味を喋っていた酔っ払いが、客人の噂話をしはじめる。 「しっかし、魔法ってもんを見る機会なんざあるとは思わなかったぜ」 「聞いたかよあのちっせえ嬢ちゃん、都で神事の時に謡う語り部なんだとよ」  彼らはここへ来たときに長い旅の途中だと言っていた。都からやってきたというのに、こんなに端にある開墾農村よりもさらに先だなんて、いったいどこに行くのだろうか。それに、背の高い男たちは長剣を帯び、旅装束の下に装飾の施された鎧が覗いた者までいるなんて。  昔は領主に仕えてたとかで物知りな爺さんの家で聞いた、冒険譚の真似をして散々遊んだ面々が俺と同じようにうずうずとしているのがわかる。  こんな僻地の村に生まれた以上、見ることさえ難しい魔法使いや騎士がうちの酒場でエールを飲んでいる……。 「ハル坊より幾つかしか違わねぇだろ? そんなにカラリベってのはお偉いさんなのかぁ?」  集まって騎士や魔法の話をしているだろう遊び仲間たちの輪に入るべく席を立つ。  もう舌が回らなくなっている酔っ払いどもの間から抜け出したところで、父さんがカウンターの内から出て来て手を叩いた。
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