今は昔の語りモノ

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 淡く、透けるような黄金色。  さわやかなハーブと果実の薫りを帯びた酒気が、周囲のそれと混じり逢う。  わずかな振動で生まれ浮き上がる気泡は白く、乱暴者な男たちすら丁重に扱う、女神の名を冠する酒。  流し込まれたエールはわずかだが、揺らめく炎の光にかざされた姿は神聖さを帯びていた。  酒杯を引き寄せ、覗き込むように伏せられた瞳の色は見えずとも、香りを嗅ぎほっと漏れた吐息。口元に現れた陶酔したような微笑に意識が吸い寄せられる。  杯に口付け、一口に飲み干す。  エールが喉元を通り過ぎる音が聞こえそうなほど、皆が凝視するのを気にも留めずに。  とたんに、魔法の炎が紅く、大きく燃え上がる。  激しく踊り狂い、芯はさらに眩く金色へと変わりゆく。  驚き立ち竦む者、子供たちの歓声、混乱した人々を、澄んだ響きの祈りの言葉が包み込む。  再び聴衆の意識を絡め取った語り部は、胸元の装身具を巻き取り、静かに、豊穣を讃える詞章を謡い出す。 ――日の出の中で芽を覚まし ぬくもりを糧に地に根付く ――嵐の風に身を横たえども 雫の滴りに体を癒す ――蒼穹へ焦がれ両手を伸ばせ 己が世界を繁らせる  少女の唇で紡がれた音が、幻を形作り反響する。  動揺に波立っていた心の中身が調律されてゆく気がした。  自然と目を閉じ、胸に手を当て精霊へ感謝を捧げる。この場にいる誰もが同じ気持ちであるかのように、語りに聴き入っていた。
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