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副社長はそこにいた。
束になった書類に目を通して、わたしが入ってきたのをちらりと見ただけだった。
「シャツをわざわざ買ってきたのか」
「わたしが汚したんだから当然です」
「だが、おまえのせいじゃないだろう、転んだのは」
「それでもわたしがお茶を掛けたことにはかわりないので」
ふっ、と副社長が笑った。
知的な瞳がメガネの奥から見えた。
「強情だな」
「副社長もです」
副社長は仕方なしに立ち上がるといきなりシャツを脱いで、わたしが買ってきたシャツに袖を通した。
シャツを脱いだ時、背中に斜めに大きな傷が見えた。
―――傷?
「おまえは仕事に戻れ。もうなんともない」
傷を見て驚いたわたしに副社長は冷たい背中を向けた。
「…昔の傷だ」
副社長はそう言って無言になりわたしは部屋を出た。
副社長、大神陸。
冷たい副社長と評判で…
だけど、それだけではないと知ってほんの少し気になった―――
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