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あの日、あの場所で。後編
記憶の中の空の色は青く澄んでいて
白い雲がフワフワと浮かんでいた。
夏の日差しが眩しくて、駅のホームは
熱気で少しばかり歪んで見える。
" 唯人? "
懐かしい記憶を遮るように耳の中に
響く声は高校入学と同時に付き合い始めた
恋人の声である。
「 何でもない。 」
「 なら、いーや。遅れちゃうよ? 」
いっちゃんとよく似た陽だまりのような
笑顔を見せてくれる彼女。
彼女のことは堪らなく愛している。
だけれども、懐かしい記憶の中の彼女に
敵う相手は何処を探しても居ないのだろう。
「 悪ぃ、ちょっと先に行っておいて 」
「 えっ?! ちょっと、唯人?! 」
走り出した足は止まらない。
過ぎ去った彼女を追い掛けていた。
『 いっちゃん!! 』
振り返った彼女は変わらない笑顔で
「 やっぱり、唯くんだった。 」と答えた。
「好き」だった。なんて言えるわけもなく。
臆病な俺はそれ以上、言葉を掛けることも
なく手を振って別れる。
そして、駅を出てあの日と同じ場所で
空を見上げる。
忘れることはないだろう。
この曇天の空に少しばかり顔を覗かせた
太陽の輝きを。
遠い、遠い、昔の記憶中の住人達に
サヨナラを告げて俺は新たに歩みだす。
曇天の空に手を振るように。
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