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あの日、あの場所で。前編
「 すみません。 」
駅のホームですれ違いざまに
肩と肩がぶつかり合い前方から歩いて
来ていた女子高生が頭を下げた。
紺色のブレザーによく生える
赤色のリボン。
少し伸びた栗色の髪は
風に靡き、甘い香りがする。
「 ……すみません。 」
見惚れていたのだろうか
遅れて俺は頭を下げた。
きっと彼女の目には
もう映ってはいないであろう距離。
過ぎ去って行く少女を目で追いながら
何処か懐かしい記憶を思い出した。
ーミーン、ミンミンミン。
「 いっちゃん、転校するんだってさ! 」
青葉小学校に通っていたあの頃。
それは遠い遠い記憶の中の景色だ。
いつも決まった友人と肩を並べていた。
" いっちゃん "
そう呼ばれる少女もまたよく遊ぶ中の
一人であったのだ。
「 へぇー、どうせ会えねぇ距離じゃ
ねぇだろ?? お前ら騒ぎ過ぎだって 」
ザワザワと教室の中で彼女の転校を
惜しみ騒ぎ立てる生徒達にひと言。
あの頃の俺は「 距離 」というものが
子供にとってどれだけ心と心を離すものかと
分かっていなかったようである。
" いっちゃん "
俺は彼女に惚れ込んでいた。
肩まで伸びた栗色の髪にクリクリとした
大きなまんまるの瞳。
ニカッと笑った笑顔が陽だまりのようで
ドキッと胸を締め付けるのだ。
きっと、俺は今も彼女を好きでいるのだろう。
中学に進学する頃には、毎年来ていた
年賀状も来ることは無くなっていた。
当時、仲良かった友人達とも関わる事もなく
別の世界の人間にさえも思えた。
高校に進学するとまた別の人間関係が
生まれていた。
相変わらず彼女からの年賀状は今年も
来てはいない。
思い返すのは別れたあの日、あの場所の
事ばかりである。
最寄りの駅の改札口まで友人らと
彼女を見送った。
「 またな。 」
それ以上は何も言えなかった。
書きかけの手紙は自宅に置いたまま。
「 好き 」と伝えることさえも臆病に
なって出来やしない。
いっちゃんは相変わらずの笑顔で
ニカッと微笑んだ。
「 唯くん、またね。 年賀状送るから! 」
思い返す度に彼女の存在は美化されていく。
あの日、見上げた空の色さえも。
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