第一話

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 父である月村昭英(あきひで)が院長を務めるこの『月村病院』では、『月村先生』というと父のことを指す。その為、息子である英司はこの病院で勤務し始めた二年前から、当たり前のように職員や患者には『若先生』と呼ばれている。 「制服着てたのは、もう十年以上前ですよ」  苦笑しながらペンを走らせる英司に、女性は「まあ、もうそんなになるの?」と細い目を見開いた。 「昔から男前だから、いつまでも若く見えるわ」  女性はそう褒めてくれたが、英司の見目が良いのは、αの家系に生まれたことが大きい。αは生まれつき、頭脳や身体能力だけでなく、容姿も秀でているケースがほとんどだ。  英司の場合は両親が共にαなので、子供の頃からどこか垢抜けていて涼しい顔立ちは、町内でも目立っていた。 「でも若先生がまたこの町に戻ってきてくれて良かったわ。最近じゃ若い人たちは出て行く一方だから、もしもこの病院が月村先生の代で無くなっちゃったらどうしようって、町の皆で心配してたんですよ」  もう何度目かわからない話題が振られ、英司は気付かれないよう小さく溜息を零すと眼鏡のフレームを押し上げた。  自分が『若先生』と呼ばれることに馴染めない最大の理由は、こういうところだ。  英司が生まれ育ったこの数田美町(すたみちょう)は、小さな田舎町だ。  かつては駅前の商店街にも活気が溢れ、町のあちこちには工場も点在していた。     
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