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英司は決していい加減な診断などしていないが、ここでは英司の言う「大丈夫」と、父に告げられる「大丈夫」とでは、同じ言葉でもその重みが全く違う。
町民から歓迎はされていても、皆が安堵しているのは、あくまでも月村病院が存続の危機を免れたことに対してだ。英司が、父と同等に認めて貰えているわけではないことを、改めて思い知らされる。
「……明日は、院長は往診日なので、診察には入れません」
英司の返答に、「そうですか」とあからさまに肩を落として、桜井は静かに診察室を出て行った。
僅かに眉を寄せながらカルテにペンを走らせていると、扉の向こうから「あら、桜井さん」と患者らしき誰かの声がした。
「今日、定期診察の日だったの?」
「そうじゃないんだけど、ちょっと眩暈がしてね……」
建物自体が古いお陰で、閉じた扉の隙間から漏れ聞こえてくる声に、つい耳を傾けてしまう。
「今日、月村先生じゃなくて若先生の診察だったのよ。若先生って、しっかりしてるんだけど、ちょっと冷たい感じがするのよね」
「わかるわぁ。元々垢抜けた子だったけど、確かにちょっと機械的なところがあるわよねぇ。まあ、高校を出てすぐに上京しちゃったし、まだ若いから仕方ないんじゃない? 私も月村先生が居るときは、ついつい先生を希望しちゃうけど」
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