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そんな自分だから、益々医者という職業は適しているだろうと自負していた。───この町に、戻ってくるまでは。
研修医時代から周囲からの評判はそれなりに良かった。
キャリアはまだまだ充分とは言えないが、医者として過ちを犯したことも一度もない。
けれど、今の英司はこの町の住民に必要とされる医者ではない。
『俺、病院ってあんま好きじゃないんだよなー。あの独特の消毒臭みたいなの? アレ、無駄に緊張するじゃん』
ふと、今朝がた神社で出くわした男の声が脳内に蘇って、微かな苛立ちがチリチリと胸を焼く。
「消毒臭」というのが、何となく今の自分と重なるような気がしたからだ。
設備も充分に整った最先端の医療現場で鍛え上げられ、アルコール臭を纏った冷たい機械。
ここへ戻らず、機械の群れに紛れていれば良かったのか。
そうして日々淡々と、症例をこなしていれば良かったのか。
───それが、自分の望む医者の道なのだろうか。
先のことなど何も考えていないような、軽率そうな男の顔がチラついて無性に腹立たしい。
人や物に当たり散らすような性格ではないので態度にこそ出さないが、英司は桜井が午前診最後の患者だったことを確認すると、気分転換の為病院の外へ出た。
重い非常扉を押し開けると、その先は職員用の駐車場へ繋がっている。
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